はとのもりはちまんじんじゃ
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楽しみ方鳩森八幡神社のお参りの記録一覧
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今月二回目の投稿です。
前回既に設置されていた茅の輪を、今回もくぐって回ってお参りしました。
大銀杏もすっかり葉を落として、寒そうに見えます。今年もキレイな紅葉と黄色の絨毯を楽しませて頂きました。
昨日新しく花手水が入れ替えされたのですが、手水鉢の排水の故障とのことで、取り急ぎ、大きな器で
手水舎の脇の足元に置かれています。
仮に…のご対応のようですが、器いっぱいの華やかな花材が、いつもと違う様式に見え、素敵です。
修理予定ありとのことで、いつまでこの形か分かりませんが…
御朱印は今回は頂いていませんが。
最後の3枚は前回載せていましたが、近くの将棋会館の可愛い駒ツリー🎄です。
境内には将棋堂もあり、関連もあるので、こちらもまた載せておきます。

2社目は鳩森八幡神社さんにお参りに上がりました。
結婚式の人達が境内で記念写真を撮影している横で、千駄ヶ谷の富士塚奥宮に上がりました。
境内の能楽殿では能のお稽古をされていました。
甲賀稲荷社の狛狐さんの親子狐が可愛い😍
将棋堂の中には大きな王将の駒が飾られています。
神明社奥の竹林も綺麗でした。
お昼は、目黒の町中華「大鳳飯店」さんで炒飯と餃子🥟を頂きました。
当社は約千百年以上前に創建された、応神天皇、神功皇后を祀る八幡神社です。境内には本社の他に三つの末社があり、能楽殿も設置されています。歴史と文化と緑を感じることができる神域として、多くの方々に親しまれております。
鳩森八幡神社縁起
鳩森八幡神社は、応神天皇と神功皇后の二柱の神様をお祀まつりしています。
大昔、この場所の林の深くに瑞雲(めでたいことの前兆として現れる雲)がたびたび現れていました。ある日,青空から雲がおりてきたので、不思議に思った村民が林の中に入ると、突然たくさんの白い鳩が西に向かって飛び去っていきました。この霊瑞(不思議でめでたい現象)から、神様の宿る小さな祠を建て、鳩森「はとのもり」と名付けました。その後、貞観二年(西暦860年)に慈覚大師(円仁)が関東を巡り教えを広めている途中でこの地に寄った際、鳩森の御神体を求める村民たちの強い願いがありました。そのため、山城国石清水八幡宮に宇佐八幡宮を遷座し給った故事にのっとり、神功皇后・応神天皇・春日明神等の御尊像を作り添えて、正八幡宮として崇敬し奉ったと伝えられています。
参照:『江戸名所図会』



鳩森八幡神社に参拝。神宮球場での野球観戦を終え、静かな境内で今年一年の御礼を伝えた。振り返れば、この一年は野球観戦を妨げるような大きな健康上の問題もなく、気がつけば二十回を超える試合を現地で楽しむことができた。これほど恵まれたシーズンはなかなかないことで、その成就だけでも、今年を総括した際の“プラスポイント”が一段と大きく上昇したように思う。
もっとも、観戦のついでに参拝する場合、御朱印帳を持ち歩くと、球場の人混みや荷物の出し入れで汚してしまうのではないかという懸念が常にあった。せっかく心を込めて頂く御朱印が折れたり擦れたりしては申し訳ない。だが、野球のない日であれば落ち着いて参拝でき、御朱印帳を持参しても安心だろう。今回のように試合と参拝を切り分けることで、神社との向き合い方にも余裕が生まれた気がする。
来年の春を迎えるまでしばし球場は冬休みとなるが、健康に気をつけながら、また野球観戦の折に参拝できればと願っている。新しいシーズンも、無事にスタンドから声援を送れるよう、日々の体調管理を怠らず過ごしていきたい。
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二日間の東京神奈川小旅行、神宮外苑のいちょう並木を散策した後、明治神宮まで歩いてみようと神宮球場や国立競技場を拝みながら進んでいくと辻向こうに立派なイチョウの木。
吸い寄せられたその先に鳩森八幡神社が鎮座されていました。
田舎民からすると、まるで都会のオアシスの様でしたが、こぢんまりとしながらもきれいに整った境内は、地域の方々にとっての憩いの場所なんだろうな~と感じる、心地の良い雰囲気に包まれていました。
境内には御神木の銀杏の木の他にも、文化財の富士塚など見所も沢山在ったようで、本来なら時間を掛けたいところでしたが、今回は簡潔なお詣りとさせていただきました。
御朱印には近隣の東京体育館等も会場となっていた「東京2025デフリンピック」の記念印も押されていました。
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鳩森八幡神社は、神宮球場で野球観戦をする前に必ず立ち寄る場所となりました。明治神宮鎮座50年を記念して始まった由緒ある大会観戦。鳩森八幡神社参拝はもはや単なるルーティンではなく、「今日も無事に楽しめますように」と心を整える大切な儀式のようなものです。
この時期は七五三の最盛期とあって、境内には華やかな着物姿の子どもたちが行き交い、晴れ着の色彩が秋の空気に映えて一層賑やかさを添えていました。
七五三といえば、男児は一度、女児は二度祝うという慣わしがありますが、これが古くからの伝統によるものだと最近知りました。気になって先ほどAI先生にも尋ねてみたところ、やはり長い時代を通じて受け継がれてきた風習だとのこと。鳩森八幡神社も例外ではなく、拝殿の前では数組の家族が緊張しながらも誇らしげに祈りを捧げ、その姿を見ているだけでこちらまで胸が温かくなる思いでした。
自分自身の七五三といえば、ある八幡さまでの記憶が今でも鮮明です。境内の太鼓橋を脚力がついていなかったのでしょう、見事に転倒。お気に入りだったペコちゃんの千歳飴の袋が泥だらけになり、しょんぼりした感情まで思い出せるほどです。おそらくその日は天気も悪く、写真の色味まで薄曇りだったのではないかと想像してしまいます。
しかし、そんな小さな挫折をご覧になっていたのか、応神天皇などのご加護か、気づけば今ではフルマラソン何度も完走できるほどの脚力が身につきました。あの頃の自分が聞いたら驚くだろうと思いつつ、今日の参拝でもそっと感謝を伝えました。
令和に生まれた子どもたちは、これからの日本を確かに背負っていく存在です。七五三で見かけた晴れやかな笑顔を目にすると、「どうか健やかに成長してほしい」という気持ちが自然に湧いてきます。境内に満ちる祈りの空気に触れながら、未来への希望がふと胸に灯った、そんなひとときでした。
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