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融通念仏宗

高林寺のお参りの記録一覧
奈良県 京終駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年06月25日(木)3603投稿

高林寺は奈良市にあるお寺です。
JR京終駅を散策の最南端と決めて 駅を目指して歩いている途中に寄らせていただきました。
元・元興寺があったエリア(現在よりかなり広い)の南側になります。
由緒の書かれた駒札があるお寺ですが 残念ながら山門は閉じられていました。
駒札があると期待してしまいます。
「高坊旧跡」 「中将姫修道霊場」 の石柱がありました。
中将姫については どこだったかなぁ 確か奈良県に縁のあるお寺がありました。
豊成卿については知識がないもので ネットで調べました。

「藤原鎌足の曾孫 右大臣藤原豊成とその妻の紫の前の間には長い間子どもが出来ず 桜井の長谷寺の観音に祈願し 中将姫を授かる。」
「中将姫の母は 姫が5歳の時に亡くなり 豊成は照夜の前を後妻を迎える。姫が14歳の時 義母である照夜の前により殺害されそうになる。16歳になると當麻寺へ入り尼となり 法如という戒名を授かる。」
そうだそうだ 當麻寺だった。
右大臣の娘なのに 何と酷い扱いを受けたことでしょう。

高林寺についてネット情報です。
山号は豊成山高坊
宗派は融通念仏宗
ご本尊は豊成卿・中将姫
中興年は文化年間
中興は寿保尼
高林寺は檀家を持たない。
当寺の元は 宝亀年中に藤原魚名の娘が中将姫に仕え尼となり 現高御門町の居室を尼寺となし 中将姫の父・豊成の廟塔を守ってきたものである。
が 治承4年(1180年)に平重衡の南都焼討によって焼失し 永く再興されなかった。
東大寺三昧堂旧本尊の千手観音像は 昔高林寺本尊であったという。
天文3年(1534年)に 現在の地に尼室を移し 寺を再興した。
この地はもとより 豊成卿の屋敷跡であったとも言われ 豊成卿の廟塔があったという。
その際 浄土真言兼学より 融通念仏宗に改宗した。
奈良茶人で連歌師の北端宗陳も この寺の北端に住んでいた。
文化年間に寿保尼を迎えて 寺運栄え発展していったと言われる。
寺では寿保尼を中興初代とし 7代寿明尼は本堂・門など寺観の整備に尽力した。

高林寺(奈良県)

残念ながら山門は閉じられていました

高林寺(奈良県)

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