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楽しみ方長良神社(弥勒)のお参りの記録一覧
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利根川の南に二社だけ存在する長良神社の二社目、弥勒という地区にある長良神社です。
本川俣の長良神社は戦国時代の天正年間創建ですが、弥勒の方は相当古く、藤原長良を祀るようになったのが平安時代の元慶年間(877~885年) 母体となる「大國主命・事代主命の祠」はそれ以前からあったらしい。
また、瀬戸井の長良神社総本宮の創建年が貞観十一年(869年)なので、総本宮創建からわずか10年前後で勧請されたらしく、長良神社の分霊としては最古級! 神社自体は総本宮より古い可能性が高い😳
実は、長良神社のもう一つの分霊系統である長柄神社も同じで、神社自体の創建は長良卿を祀るよりはるかに古く飛鳥時代の創建と伝えられています。
ここの大國主命・事代主命の二神は土着のものかもしれませんが、もしかしたら総本宮から長良卿を勧請する以前に、長柄神社から二神の勧請があったのかもしれませんね・・・うーん、浪漫だ😍
これでもう一つの本川俣の長良神社が「由緒を見ると総本宮系だが、祭神を見ると長柄系に見える」理由もなんとなく解明💡
あちらも神社創建以前に土着の大國主命・事代主命信仰があったのか、長良卿より後から勧請したが主祭神に変えたんでしょうね♻️ 「鶏が先か卵が先か」の問題でした🐔🥚🐣w
後者だとすれば勧請元は、①弥勒、②長柄、③全く別系統の神社、三つの可能性がありますが、地理と信仰圏を考えるとやっぱ①の可能性が高いかな?
ここ弥勒長良神社の祭りが玉敷神社の影響を受けてたりもしますので、意外に③の可能性も高いかと。②はたぶん一番可能性低い💧w
他の神社からの影響といえば、この辺りから東が濃厚な信仰圏になる、あの元祖萌え興しwの鷲宮神社本宮からの影響も大きいですね🦅✨
ここも一時期は村の鎮守の地位を取って変わられたこともあるようだし、一つ前の発戸の鷲宮神社も桑原宮から社名を奪っている。
あそこに呼ばれたのは左近からの名誉回復の訴えだったりして💧 それとも「左近の名を永遠に残して😢」という姫の想いだったなんて考えるとロマンチックで良いかも😍w
しかし長良神社でも一番南、しかも群馬側ではなく埼玉側で、もしかしたら「十八長良」の可能性すらある最古級の御分霊に出会えるとは思いもよらなんだ💦 ここに来てホント良かったです👍

この神社は道路に面しておらず、駐車場も見当たらなかったので、とりあえず門前にあった休業中らしき工場のスペースをお借りしてしまったのですが・・・
実は参道の左に見える畑だと思ってた空き地が駐車場だったらしい💧 どうもスンマセン😅

鳥居と参道

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