この地域に特徴的な拝殿隣に神供所が配される造りである。
菅原道真を神祭とし、弘安年間(1278年~1288年)に創建されたと伝わる。
境内の池には10の島が浮かび、これが十島の地名の由来となっている。
本殿は1589年相良頼房(長毎)による建築、拝殿は江戸時代中期の建築でいずれも重文指定されている。
相良氏は一向宗を禁教としており、1554年真宗(一向宗)禁教令により真宗信者の家から仏像仏具を撤収し焼却を行った。付近に十島仏像仏具焼却地が残っている。
十島観音堂に納められている聖観音像は江戸時代の作。
もともと神社の南にあった安養寺に祀られていたものである。