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十念寺のお参りの記録(1回目)
奈良県近鉄奈良駅

投稿日:2026年06月30日(火) 21時45分09秒
参拝:2026年5月吉日
十念寺は奈良市にあるお寺です。
近鉄奈良駅から南へ1km弱。
ならまち大通りすぐの場所にありました。
町中のお寺としてはとても立派なお寺に見えました。
石柱を見ると 「花園天皇勅願所」と書かれています。
駒札にも由緒について書かれていました。
しかし 山門には柵があって境内には入れませんでした。
残念。外からの参拝になりました。
山門から覗いてみますと 左手に供養塔があり 奥に本堂がありました。
本堂右手にはお堂が見えるのですが きっと由緒書に書かれていた「おしろい地蔵」が安置されている地蔵堂だと思いました。
おしろい地蔵さんはお化粧をしているそうです。
確かに顔を真っ白に塗っているお地蔵様をよく見かけますが どうも少し違うようです。
「らい病(ハンセン病)」に関係があることがわかりました。

ネット情報です。
山号は忍性山
宗旨は浄土宗西山深草派
ご本尊は阿弥陀如来
創建年は正応年間(1288年 - 1292年)
開山は忍性
正応年間(1288年 - 1292年)に忍性が創建した。
当初は大安寺の南に位置する八条村に建てられたと伝わる。
元は真言宗で 嘉元2年(1304年)に浄土宗に改宗した。
天正年間に現在の場所に移った。
境内に本堂・愛染堂・地蔵堂・金毘羅堂 忍性の供養塔 複数の古井戸がある。
愛染堂の明王像は湛康の作とされる。
十念寺の地蔵は顔を白く塗られ眉・目・鼻・唇が鮮やかに描かれたものであり くさ地蔵・おしろい地蔵・一言地蔵などと呼ばれる。
この地蔵にはらいを治すという言い伝えがあり 願いが叶った者はお礼におしろいを納めたという。
これは開山の忍性が社会福祉事業に力を尽くしたことと関係があるようです。
忍性は母の影響で文殊菩薩を信仰するようになり 母の死に際して仏門に入り 額安寺・安倍文殊院・・竹林寺で修行し 1239年(延応1元年)に西大寺中興の祖で真言律宗中興の祖である叡尊(えいそ)と出会って弟子になり 戒律の復興に努めたり 貧民救済や道路・橋梁の建設など社会事業に尽くしたりしました。
1304年(嘉元2年)に浄土宗(じょうどしゅう)に改められました。
鎌倉時代後期に第95代・花園天皇(はなぞのてんのう)の勅願所になりました。
安土桃山時代の天正年間(1573年~1591年)に現在の場所に移されたと言われています。
江戸時代中期の享保年間(1716年~1735年)に本堂・愛染堂が火災で焼失し 1729年(享保14年)に現在の本堂が再建されました。
なお十念寺はかつて興福寺(こうふくじ)の塔頭・大乗院門跡の祈願所で 大乗院から毎月1回参詣があったとも言われています。
十念寺(奈良県)
山門には柵があり 外からの参拝となりました
十念寺(奈良県)
寺号の石柱
十念寺(奈良県)
由緒書
十念寺(奈良県)
手水舎
十念寺(奈良県)
本堂
十念寺(奈良県)
地蔵堂
十念寺(奈良県)
外観

すてき

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