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くぬぎじんじゃ

椚神社のお参りの記録(1回目)
奈良県京終駅

投稿日:2026年06月25日(木) 21時23分55秒
参拝:2026年5月吉日
椚神社は奈良市にある神社です。
この日の散策の最南端と決めた JR京終駅から100mほどの場所にあります。
鳥居も玉垣もある神社ではありますが 少し立地が気になります。
民家の間にある神社というのは町中でよくお見掛けしますが こちらは道にあります。
それも民家の前に。
境内は三畳ほどの広さで 祠の後ろに椚があります。
町の区画整備の際 道にある楠を切ることができずに その部分は道として残すようにしたのだと思われました。
しかし しかし しっかり由緒のある神社でした。
看板には
当初は古くは椚町と呼ばれていました。
江戸時代の資料「奈良坊目拙解」によると この地に置かれていた南部南口の総門の傍らに椚の大木があったことが記されており これが町名と神社の由来と考えられます。
また その昔 奈良を訪れた空海が当地に愛用の椚製の杖を突き刺し 椚が初がして生育した言い伝えもあります。
伝説の椚をご神木として その傍らにたたずむ小さな社は 地元の方々によって大切に祀られ 地域と往来する人々を見守っています。
と書かれていました。
祠は石でできており ずいぶん古いものでした。
町の人々が今に伝え残す神社って素敵ですね。

ネット情報です。
神社の周囲は 現在は肘塚(かいのつか)町と呼ばれるが 古くは椚(くぬぎ)町と呼ばれた。
明治16年合併前の旧肘塚町の南に位置し 「椚木町 十三ヶ寺の下」と「奈良曝」に記されたように 南都十三ヶ寺の地子がかけられた。
肘塚町と同様 肘塚村内に形成された町の一つで 「大乗院寺社雑事記」では長禄2年(1458年)11月2日の条に 「カヰノツカノ郷事者 依守神木(クノキ)所役皆免ノ在所也」との記述があり 神木を守る役が肘塚郷にあったとみられ 町名 神社もこれに関連するものと考えられる。
また「奈良坊目拙解」では 南都南口惣門がこの地にあり その傍らにクヌギの大樹があったのが地名の由来とも記されている。
寛文初年以前の作成になる奈良絵図(東大寺図書館蔵)では 奈良町南端に「くのき道」との記述はみられるが 町名は認められない。
空海(弘法大師)が大柳生から奈良へ来た際に この地で休息し 出立にあたり櫟の杖を挿して置いていかれたものが芽を出し 神木となったという。
一説には杖は春日明神の杖であったとも伝わる。
椚大明神と呼ばれ この椚を切ると罰が当たると言われている。
文政年間に一度枯れて植え替えられ 現在は3代目の神木にあたるとされる。
椚神社(奈良県)
民家の前にありました
椚神社(奈良県)
由緒について書かれた看板
椚神社(奈良県)
玉垣にある扁額
椚神社(奈良県)
石造りの祠
椚神社(奈良県)
街道について
椚神社(奈良県)
祠の後ろに椚
椚神社(奈良県)
こんな感じ

すてき

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