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楽しみ方総持院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月04日(木) 20時33分45秒
参拝:2026年5月吉日
壇上伽藍の北側エリアを散策しました。
こちらにも宿坊がいくつもありました。
高野山には宿坊が全部で52あります。
基本的に宿坊は宿泊者のみの拝観ですので 一般の方の拝観はできません。
ガイドブックでは総持院は宿坊17番のお寺です。
宿坊はありがたいです。
少なくとも山門が開いていて境内に入れるからです。
こちらの山門にも 馬桶と杉が用意されていました。
多くの宿坊で儀式のために古いならわし通りにされています。
こちらの石柱にも別格本山の文字。
高野山には別格本山がいくつあるのでしょう。
宿坊の多くが別格本山か準別格本山になっています。
山門をくぐると中央に岩が配置されていました。
すっきりとしていて それでいて立派な岩が重厚さを感じさせます。
右手には藤棚がありました。
それもかなりの古木です。
遅咲きの種類なのか 藤の花が満開でした。
高野山では初めて藤の花を観ました。
宿坊入口を見ますと 2階がありました。
山門入って左手には宿泊棟と思われる建物もありました。
こちらはかなり宿坊の設備を充実させているのでしょう。
ネット情報です。
総持院は平安時代 久安年間に高野山第28世行恵総持坊により開創。
元々は現在の壇上伽藍の境内にあり 後に現在の金剛峯寺西隣に移る。
開基行恵師は高野山の法流 中院流の祖 明算大徳の孫弟子であり中院流総持院方の祖。
所縁の大名としては肥後熊本の細川家 伊勢菰野の土方家がある。
尚 当院は お大師様の甥で高野山第2世の真然大徳開基の正塔院・新義真言宗開祖覚鑁上人開基の龍城院・推信親王開基の理性院を併合。
3つの寺が合併されたお寺ということですね。
そりゃあ立派なはずだ。
こちらにも宿坊がいくつもありました。
高野山には宿坊が全部で52あります。
基本的に宿坊は宿泊者のみの拝観ですので 一般の方の拝観はできません。
ガイドブックでは総持院は宿坊17番のお寺です。
宿坊はありがたいです。
少なくとも山門が開いていて境内に入れるからです。
こちらの山門にも 馬桶と杉が用意されていました。
多くの宿坊で儀式のために古いならわし通りにされています。
こちらの石柱にも別格本山の文字。
高野山には別格本山がいくつあるのでしょう。
宿坊の多くが別格本山か準別格本山になっています。
山門をくぐると中央に岩が配置されていました。
すっきりとしていて それでいて立派な岩が重厚さを感じさせます。
右手には藤棚がありました。
それもかなりの古木です。
遅咲きの種類なのか 藤の花が満開でした。
高野山では初めて藤の花を観ました。
宿坊入口を見ますと 2階がありました。
山門入って左手には宿泊棟と思われる建物もありました。
こちらはかなり宿坊の設備を充実させているのでしょう。
ネット情報です。
総持院は平安時代 久安年間に高野山第28世行恵総持坊により開創。
元々は現在の壇上伽藍の境内にあり 後に現在の金剛峯寺西隣に移る。
開基行恵師は高野山の法流 中院流の祖 明算大徳の孫弟子であり中院流総持院方の祖。
所縁の大名としては肥後熊本の細川家 伊勢菰野の土方家がある。
尚 当院は お大師様の甥で高野山第2世の真然大徳開基の正塔院・新義真言宗開祖覚鑁上人開基の龍城院・推信親王開基の理性院を併合。
3つの寺が合併されたお寺ということですね。
そりゃあ立派なはずだ。

寺号の石柱

立派な山門は開いていました 宿坊だからですね

馬桶と杉の用意がされていました

山門に注連縄が下げられていました

総持院の寺号標

あわせて 龍城院・正塔院の寺号標もありました

山門の梁の彫刻も見事です

すっきりとした境内の中央には岩が配置されています

藤棚がありました 遅咲きなのかな 藤の花も満開でした

かなりの古木ですね

境内社もありました

宿坊入口 2階建てです

山門入って左手は宿泊棟のようです

もう一つの門
すてき
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くるくるきよせん3542投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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