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楽しみ方金輪塔のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月30日(土) 23時18分57秒
参拝:2026年5月吉日
女人堂からの不動坂を下っていると 立派な塔が見えました。
お寺の敷地ではなく 公園にありました。
マップで見ると金輪塔という塔でした。
遠くから見て三重塔かなと思ったのですが 二重でした。
近くにお寺があったので そちらの塔かなと思ったんですが 金剛峯寺の所有となっていました。
周りにモミジが植わっていて 青紅葉もきれいですが 紅葉の時期だと美しいだろうなぁと思います。
フェンスがあって すぐそばまでは行けますが中には入れません。
塔の2階部分が円筒形になっていて ベランダのようにもなっていました。
相輪も立派で美しいです。
茅葺?檜皮葺?の屋根には1mほどの木がいくつも生えていて 公園に生えている松や風にのって運ばれた種が芽吹いたのだと思います。
栄養のない場所で1mにも育つって すごい年月が経っているはずです。
こういう建物も大切に守られている高野山 本当に素敵です。
ネット情報です。
高野山の中で一心院谷と称される地域に所在する多宝塔である。
高野山の中興に尽力した明算大徳(めいざんだいとく)が自らの廟所として建設した。
本尊は金輪仏頂尊(きんりんぶっちょうそん)で「金輪塔」の名の由来となる。
江戸時代後期に火災により類焼し 天保5年(1834年)に再建されたものである。
国宝(建造物)金剛峯寺不動堂は明治41年(1908年)に高野山壇上伽藍に移築されたが 移築前はこの不動堂と対をなす多宝塔であった。
現在は宗教法人金剛峯寺が所有し管理されている。
三間(さんけん)多宝塔 檜皮葺屋根で 東面して建つ。
割石で囲んで亀腹(かめばら)を造り 礎石を据える。
下層は一室に造り 四周に勾欄(こうらん)付きの縁(えん)を回し 正面に階段を設ける。
身舎(もや)柱を丸柱の四天柱(してんばしら)とし 周囲の庇(ひさし)柱を角柱とする。
四天柱の背面寄りは来迎壁(らいごうへき)を造り須弥壇(しゅみだん)を構え 漆塗りで仕上げる。
室内は板張りの床で 天井は格天井(ごうてんじょう)とする。
柱間は正面 側面の中央間を桟唐戸(さんからど)に明障子とし 脇間は連子窓に造る。
背面は片引板戸に明障子 脇間は板壁とする。
下層組物は出組(でぐみ)として軒桁を支える。
軒は二軒繁垂木(ふたのきしげたるき)とし 隅木には風鐸(ふうたく)を吊る。
上層は下層屋根上の亀腹上に造る。
亀腹は銅板葺とする。
上層平面は丸柱による円形平面とし 周囲に勾欄付きの縁を回す。
長押を回し柱間は板扉と連子窓に造る。
組物は四手先(よてさき)組物とし 軒は二軒繁垂木 隅木には風鐸を吊る。
屋根は下層 上層ともに檜皮葺で上層には露盤(ろばん)を据え 相輪(そうりん)を掲げる。
相輪の上部からは屋根の四隅に宝鎖(ほうさ)を下げる。
総間が5メートルあまりの比較的規模の大きな多宝塔で 軒の出は深くとられるが 上層の屋根勾配は強くされ 時代の特徴が現れている。
県内に残る数少ない江戸時代後期建設の三間多宝塔として貴重である。
お寺の敷地ではなく 公園にありました。
マップで見ると金輪塔という塔でした。
遠くから見て三重塔かなと思ったのですが 二重でした。
近くにお寺があったので そちらの塔かなと思ったんですが 金剛峯寺の所有となっていました。
周りにモミジが植わっていて 青紅葉もきれいですが 紅葉の時期だと美しいだろうなぁと思います。
フェンスがあって すぐそばまでは行けますが中には入れません。
塔の2階部分が円筒形になっていて ベランダのようにもなっていました。
相輪も立派で美しいです。
茅葺?檜皮葺?の屋根には1mほどの木がいくつも生えていて 公園に生えている松や風にのって運ばれた種が芽吹いたのだと思います。
栄養のない場所で1mにも育つって すごい年月が経っているはずです。
こういう建物も大切に守られている高野山 本当に素敵です。
ネット情報です。
高野山の中で一心院谷と称される地域に所在する多宝塔である。
高野山の中興に尽力した明算大徳(めいざんだいとく)が自らの廟所として建設した。
本尊は金輪仏頂尊(きんりんぶっちょうそん)で「金輪塔」の名の由来となる。
江戸時代後期に火災により類焼し 天保5年(1834年)に再建されたものである。
国宝(建造物)金剛峯寺不動堂は明治41年(1908年)に高野山壇上伽藍に移築されたが 移築前はこの不動堂と対をなす多宝塔であった。
現在は宗教法人金剛峯寺が所有し管理されている。
三間(さんけん)多宝塔 檜皮葺屋根で 東面して建つ。
割石で囲んで亀腹(かめばら)を造り 礎石を据える。
下層は一室に造り 四周に勾欄(こうらん)付きの縁(えん)を回し 正面に階段を設ける。
身舎(もや)柱を丸柱の四天柱(してんばしら)とし 周囲の庇(ひさし)柱を角柱とする。
四天柱の背面寄りは来迎壁(らいごうへき)を造り須弥壇(しゅみだん)を構え 漆塗りで仕上げる。
室内は板張りの床で 天井は格天井(ごうてんじょう)とする。
柱間は正面 側面の中央間を桟唐戸(さんからど)に明障子とし 脇間は連子窓に造る。
背面は片引板戸に明障子 脇間は板壁とする。
下層組物は出組(でぐみ)として軒桁を支える。
軒は二軒繁垂木(ふたのきしげたるき)とし 隅木には風鐸(ふうたく)を吊る。
上層は下層屋根上の亀腹上に造る。
亀腹は銅板葺とする。
上層平面は丸柱による円形平面とし 周囲に勾欄付きの縁を回す。
長押を回し柱間は板扉と連子窓に造る。
組物は四手先(よてさき)組物とし 軒は二軒繁垂木 隅木には風鐸を吊る。
屋根は下層 上層ともに檜皮葺で上層には露盤(ろばん)を据え 相輪(そうりん)を掲げる。
相輪の上部からは屋根の四隅に宝鎖(ほうさ)を下げる。
総間が5メートルあまりの比較的規模の大きな多宝塔で 軒の出は深くとられるが 上層の屋根勾配は強くされ 時代の特徴が現れている。
県内に残る数少ない江戸時代後期建設の三間多宝塔として貴重である。
すてき
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くるくるきよせん3542投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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