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楽しみ方弓削寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月07日(木) 16時02分55秒
参拝:2026年5月吉日
「西美濃三十三」第9番札所です。
817年に美濃国安八郡を伝教大師が巡錫の際に池田山に紫雲が漂っているのに気づき、訪れたところ温泉が湧きだしているのを見つけました。
その温泉を錫杖でかき回したところ、馬頭観音が顕現したと伝わります。
馬頭観音を祀るために寺が建てられ、阿梨耶山湯華寺と名付けられました。
開創時の寺は現在の位置よりも山頂に近い位置に建っていました。
応徳年間に白河法皇が谷汲山華厳寺を参拝の帰途に俄の病に見舞われましたが、この温泉に入り平癒したため弓削寺の寺号を下賜されました。
その際に大般若経600巻も授かり、その経典を納めるため平安寺が建立されたと伝わります。
その後臨済宗に改宗し、弓削禅寺と称するようになりました。
2005年に境内地を掘削したところ温泉が発見され、入湯施設ができ温泉客でにぎわっています。
また、多くの紫陽花が咲きます。
御朱印は本堂内にありセルフでした。
817年に美濃国安八郡を伝教大師が巡錫の際に池田山に紫雲が漂っているのに気づき、訪れたところ温泉が湧きだしているのを見つけました。
その温泉を錫杖でかき回したところ、馬頭観音が顕現したと伝わります。
馬頭観音を祀るために寺が建てられ、阿梨耶山湯華寺と名付けられました。
開創時の寺は現在の位置よりも山頂に近い位置に建っていました。
応徳年間に白河法皇が谷汲山華厳寺を参拝の帰途に俄の病に見舞われましたが、この温泉に入り平癒したため弓削寺の寺号を下賜されました。
その際に大般若経600巻も授かり、その経典を納めるため平安寺が建立されたと伝わります。
その後臨済宗に改宗し、弓削禅寺と称するようになりました。
2005年に境内地を掘削したところ温泉が発見され、入湯施設ができ温泉客でにぎわっています。
また、多くの紫陽花が咲きます。
御朱印は本堂内にありセルフでした。
すてき
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