こうぜんじ
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楽しみ方興禅寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月30日(木) 17時28分36秒
参拝:2026年4月吉日
令和八年四月二十九日参拝。
神奈川ー719。
准秩父観世音菩薩霊場巡り、第廿七札所、興禅寺。十一面観世音菩薩。
准秩父観世音菩薩霊場案内冊子より。
第廿七番 興禅寺。
十一面観世音菩薩。
圓瀧山光明院の号あり。ご本尊十一面観世音菩薩像は慈覚大師の御作と云う。また、勝軍地蔵(愛宕権現)を刻み、お山の鎮守として祀られたと云われる。当山は戦国の時代より数回の火災に見舞われ、最後の火災は七百年前と云う。本堂は元応二年(1320)八月の再建と云われ、時に領主桃井播磨守直常公が無二の大願を起こし、愛宕社も共に造立し奉ったと云われる。慶安二年(1649)高七石余の寺領を賜る。その後代々の住職が修復をして現在の観を呈するに至る。昭和六十二年に、関東では少ない多宝塔形式の薬師堂が建立された。横浜七福神の「福禄寿尊」が祀られている。
神奈川ー719。
准秩父観世音菩薩霊場巡り、第廿七札所、興禅寺。十一面観世音菩薩。
准秩父観世音菩薩霊場案内冊子より。
第廿七番 興禅寺。
十一面観世音菩薩。
圓瀧山光明院の号あり。ご本尊十一面観世音菩薩像は慈覚大師の御作と云う。また、勝軍地蔵(愛宕権現)を刻み、お山の鎮守として祀られたと云われる。当山は戦国の時代より数回の火災に見舞われ、最後の火災は七百年前と云う。本堂は元応二年(1320)八月の再建と云われ、時に領主桃井播磨守直常公が無二の大願を起こし、愛宕社も共に造立し奉ったと云われる。慶安二年(1649)高七石余の寺領を賜る。その後代々の住職が修復をして現在の観を呈するに至る。昭和六十二年に、関東では少ない多宝塔形式の薬師堂が建立された。横浜七福神の「福禄寿尊」が祀られている。
すてき
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天狼星985投稿
令和二年の元旦に、「今日は令和最初の元旦だから、御朱印を貰いに行こう」と思い立って始めました。当初は、御朱印が目的だったのですが、小さな神社やお寺が、目に付くようになり、仕事等で現場に行くと散歩...もっと読む
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