かんせいじ
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楽しみ方観世寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月29日(日) 19時38分46秒
参拝:2026年3月吉日
観世寺は京都市西京区にあるお寺です。
龍王明神から徒歩2分かからない場所にあります。
桂川からそんなに離れていない住宅街にあります。
訪れて少しびっくりしたのは 山門がないかわりに 仁王門の金剛力士が石仏として立っていたことです。
西国三十三霊場巡りで参拝した 観音正寺や正法寺みたいです。
門がないので ありがたく入らせていただきました。
本堂は現代の建物で再建されていました。
柱がピンク色なのは 少々珍しいのかな。
扁額が大悲山。
ご本尊は観音様だぁと思ったら 京都洛西観音霊場第二十七番札所の標がかけられていました。
納得。
ですがここで私の運の悪さよ。
ご朱印をいただくことはできませんでした。
境内には 法悦羅漢とわらべ羅漢がいらっしゃいました。
また 北向地蔵尊もいらっしゃいました。
境内の外れ 燈籠の下に 小さな信楽焼きのたぬきさんがいらっしゃって お見送りしてくれました。
ネット情報です。
西山浄土宗粟生光明寺派 本尊は阿弥陀如来像 札所本尊は聖観世音立像。
京都洛西観音霊場(洛西三十三所観音霊場)第27番札所。
1226年 勝月房(慶政)が松尾山南に法華山寺(峰ヶ堂)を建立した。
この寺が前身という。
正慶年間(1332-1333) 兵火により焼失した。
焼失を免れた阿弥陀如来像 聖観音像が現在地に遷される。
1965年 現在の本堂が再建される。
1978年 廃れていた洛西三十三所観音霊場めぐりが再興された。
本堂の本尊「阿弥陀如来像」(85㎝)は 平安時代作という。
「聖観音菩薩立像」は 南北朝時代作になる。
右脇壇の「地蔵菩薩立像」(95㎝)は 右手に錫杖 左手に宝珠を持つ。
延命地蔵であり 西山峰ヶ堂の遺仏ともいう。
「毘沙門天像」 「閻魔坐像」 室町時代の「多聞天像」などが安置されている。
龍王明神から徒歩2分かからない場所にあります。
桂川からそんなに離れていない住宅街にあります。
訪れて少しびっくりしたのは 山門がないかわりに 仁王門の金剛力士が石仏として立っていたことです。
西国三十三霊場巡りで参拝した 観音正寺や正法寺みたいです。
門がないので ありがたく入らせていただきました。
本堂は現代の建物で再建されていました。
柱がピンク色なのは 少々珍しいのかな。
扁額が大悲山。
ご本尊は観音様だぁと思ったら 京都洛西観音霊場第二十七番札所の標がかけられていました。
納得。
ですがここで私の運の悪さよ。
ご朱印をいただくことはできませんでした。
境内には 法悦羅漢とわらべ羅漢がいらっしゃいました。
また 北向地蔵尊もいらっしゃいました。
境内の外れ 燈籠の下に 小さな信楽焼きのたぬきさんがいらっしゃって お見送りしてくれました。
ネット情報です。
西山浄土宗粟生光明寺派 本尊は阿弥陀如来像 札所本尊は聖観世音立像。
京都洛西観音霊場(洛西三十三所観音霊場)第27番札所。
1226年 勝月房(慶政)が松尾山南に法華山寺(峰ヶ堂)を建立した。
この寺が前身という。
正慶年間(1332-1333) 兵火により焼失した。
焼失を免れた阿弥陀如来像 聖観音像が現在地に遷される。
1965年 現在の本堂が再建される。
1978年 廃れていた洛西三十三所観音霊場めぐりが再興された。
本堂の本尊「阿弥陀如来像」(85㎝)は 平安時代作という。
「聖観音菩薩立像」は 南北朝時代作になる。
右脇壇の「地蔵菩薩立像」(95㎝)は 右手に錫杖 左手に宝珠を持つ。
延命地蔵であり 西山峰ヶ堂の遺仏ともいう。
「毘沙門天像」 「閻魔坐像」 室町時代の「多聞天像」などが安置されている。
すてき
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くるくるきよせん3358投稿
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