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なごじ

那古寺のお参りの記録(1回目)
千葉県那古船形駅

投稿日:2026年03月03日(火) 14時27分00秒
参拝:2024年1月吉日
千葉県 館山市 那古 に境内を構える、補陀洛山 千手院 那古寺(なごじ)坂東観音霊場の 結願 満願の寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024.1に初参拝後、何度か参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 補陀洛山、院号は 千手院、寺号は 那古寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 千手観世音菩薩、坂東三十三観音霊場 第三十三番札所(結願寺)通称は 那古観音(なごかんのん)日本百観音 の一つ、安房国札三十四観音霊場 第一番札所、関東八十八ヶ所霊場 第五十六番札所、養老元年(717)春、元正天皇の病気平癒の祈祷をしていた行基は、ある日の夢で安房国那含(なごん)の浦にある霊木で千手の像を刻めと告げられた。那含の浦で海中から光を放つ霊木を引き上げた行基は歓喜する。この霊木は、観音を守護する仁王尊が南の果てにある補陀落山の柳をここへ持ってきたとき、龍神に奪われ竜宮に納められていたものであった。この地の山も補陀洛山といい観音が現れる影向(ようごう)の地である。さらにその昔は釈迦以前の仏である拘那含牟尼仏(くなごんむにぶつ)も現れたという。それでここを拘那含の里というのだそうだ。行基は千手の像を刻みこの里に寺を建てた。承和14年(847)年に中国から帰ってきた慈覚大師は、帰朝のとき海上で那含の観音に救われた。そこで那含の里を尋ね千手観音の像を山上の岩窟に移し納めて岩壁に懸かる堂を建てた。治承4年(1180)に伊豆で敗れた源頼朝が安房へ逃れたときには、那含の観音と鶴ヶ谷の八幡神が現れて頼朝に加勢のあることを告げた。加護を得た頼朝は鎌倉に入って武家の棟梁になることができた。そこで衰えていた那古寺を氏寺にして七堂を建立し、土御門天皇の勅によって秀円上人が住職として那古寺を再興すると、真言密教の霊場としての歴史が始まったそうです
那古寺(千葉県)
東三十三観音霊場 第三十三番札所(結願寺)通称は 那古観音(なごかんのん)日本百観音 の一つ、
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