おおいかづちあわすじんじゃ
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楽しみ方大雷淡洲神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月08日(日) 21時34分53秒
参拝:2026年1月吉日
伊古乃速御玉比売神社の分社である7社の淡洲神社のうちの1社になります。
鎮座地:比企郡滑川町山田
創建年代:応永2年年(1395)
ご祭神:大雷命、息長足日売命
【ご由緒】
当社は昔この地方がしばしば旱魃に見舞われ凶作が続くので、五穀豊穣を願って雨乞いの神・大雷神と三韓鎮定に功績を挙げた神功皇后を祭神として奉祀した神社と伝承される。勧請の年代は資料によれば応永二己亥(西暦1395)年と推察される。寛永二己丑に邑の鎮守となり、明治4年3月に村社に列格した。
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分社の中では3番目の創建で、里宮から直線距離で東に約2.68km離れた場所にあります。
こちらも神社の裏手が国営武蔵丘陵森林公園でして、参拝していたら音楽が流れ始め、何かと思ったら園内放送でした😅けっこうな音量だなと思いましたが、周辺にお住まいの方はこれが日常なんですよね?慣れるもんなのでしょうか?😅
当社は大雷神社と淡洲神社の合社で、大雷命と息長足日売命の二柱をお祀りしています。しばらくは二棟の覆屋にそれぞれ本殿が据えられていましたが、淡洲神社の方に大雷神社を合祀した際に大雷神社の本殿は外に移されました。現在の社務所はかつての大雷神社の覆屋になります。
雨の恵みをもたらしてくれるありがたい神様として信仰を集めています。大雷神社の旧本殿は、雷神信仰が天神信仰と結びつき天神様として祀られています。
鎮座地:比企郡滑川町山田
創建年代:応永2年年(1395)
ご祭神:大雷命、息長足日売命
【ご由緒】
当社は昔この地方がしばしば旱魃に見舞われ凶作が続くので、五穀豊穣を願って雨乞いの神・大雷神と三韓鎮定に功績を挙げた神功皇后を祭神として奉祀した神社と伝承される。勧請の年代は資料によれば応永二己亥(西暦1395)年と推察される。寛永二己丑に邑の鎮守となり、明治4年3月に村社に列格した。
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分社の中では3番目の創建で、里宮から直線距離で東に約2.68km離れた場所にあります。
こちらも神社の裏手が国営武蔵丘陵森林公園でして、参拝していたら音楽が流れ始め、何かと思ったら園内放送でした😅けっこうな音量だなと思いましたが、周辺にお住まいの方はこれが日常なんですよね?慣れるもんなのでしょうか?😅
当社は大雷神社と淡洲神社の合社で、大雷命と息長足日売命の二柱をお祀りしています。しばらくは二棟の覆屋にそれぞれ本殿が据えられていましたが、淡洲神社の方に大雷神社を合祀した際に大雷神社の本殿は外に移されました。現在の社務所はかつての大雷神社の覆屋になります。
雨の恵みをもたらしてくれるありがたい神様として信仰を集めています。大雷神社の旧本殿は、雷神信仰が天神信仰と結びつき天神様として祀られています。



社号標

手水舎

玉垣

左が本殿で右が社務所です。




社務所の中の様子

天神社(大雷神社旧本殿)

稲荷様と招き猫がいます。


何故か観音様もいました。


資料によると社殿裏に雨乞いのご神木があるとのことですが、切られてしまったようです。

神社裏の様子。奥は森林公園です。

神橋奉納碑と伊勢参宮記念碑


ご由緒


神社横はゲートボール場と公園。

正面の道路を越えたところに幟立てがありました。
すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく881投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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