ぜんぷくじ
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楽しみ方善福寺のお参りの記録(2回目)
投稿日:2025年03月03日(月) 12時55分34秒
参拝:2025年3月吉日
25.03.02。JR平塚駅北口よりバス8分、「花水」下車徒歩2分。大磯町高麗1丁目の国道1号線沿いにある浄土真宗本願寺派の寺院。
山号 龍頭山
院号 華水院
創建 寛喜元年(1229年)
開基 了源(平塚入道)
本尊 阿弥陀如来立像
【縁起】
寺伝によると、善福寺の開基で関東六老僧のひとりに数えられる了源はもともと武士で、1223(建保元)年、和田義盛の乱で功をあげ、源実朝より平塚荘を賜ったが、世の無常を観じて出家し、平塚入道法求禅門と名乗った。
その頃、親鸞聖人は関東をご教化しており、平塚入道は1229(寛喜元)年、国府津に滞在中の親鸞聖人のもとへ行き、生死いずべき道をたずね、本願大悲の念仏の教えを聞き随喜のあまり直ちに弟子となり、了源という法名を賜り、母の生地の近くであるこの地に草庵を結んだ。
〜築地本願寺新報の公式noto〜
本日は本堂裏手の駐車場にある河津桜が見頃と思われたので、快晴の天気に誘われ参詣しました。河津桜の情報はホトカミユーザーの”花散里”さんによります。
山号 龍頭山
院号 華水院
創建 寛喜元年(1229年)
開基 了源(平塚入道)
本尊 阿弥陀如来立像
【縁起】
寺伝によると、善福寺の開基で関東六老僧のひとりに数えられる了源はもともと武士で、1223(建保元)年、和田義盛の乱で功をあげ、源実朝より平塚荘を賜ったが、世の無常を観じて出家し、平塚入道法求禅門と名乗った。
その頃、親鸞聖人は関東をご教化しており、平塚入道は1229(寛喜元)年、国府津に滞在中の親鸞聖人のもとへ行き、生死いずべき道をたずね、本願大悲の念仏の教えを聞き随喜のあまり直ちに弟子となり、了源という法名を賜り、母の生地の近くであるこの地に草庵を結んだ。
〜築地本願寺新報の公式noto〜
本日は本堂裏手の駐車場にある河津桜が見頃と思われたので、快晴の天気に誘われ参詣しました。河津桜の情報はホトカミユーザーの”花散里”さんによります。
すてき
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こばけん1364投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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