だいちょうじ
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楽しみ方大長寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年05月28日(火) 13時15分47秒
参拝:2024年5月吉日
24.05.26。先の稲荷神社より徒歩15分。鎌倉市岩瀬の鎌倉街道沿いを少し奥へ入った閑静な住宅地にある浄土宗の寺院。
《徳川家康に愛された寺》
山号 亀鏡山(ききょうざん)
院号 護国院
創建 天文17年(1548年)
開基 北条綱成
開山 感誉存貞(増上寺十世)
本尊 阿弥陀如来
【歴史】〜Wikipedia より引用〜
天文17年、時の玉縄城主の北条氏繁が、母の供養のために建立された。その後、代々後北条の崇敬を集め、北条氏ゆかりの寺宝も多い。
豊臣秀吉による小田原征伐においては、徳川家康の名を受け、時の住職暁誉源栄が植木村の龍宝寺住職、良達とともに玉縄城主北条氏勝を説得し、開城に繋げた。
暁誉源栄と家康は古くから面識があり、その後も度々交流した。寺名を現在の「大長寺」(以前の名は大頂寺)に変更したのもこの頃の事で、一説によると山号が「亀鏡山」であることを聞いた家康が、亀は大長寿なので、「大長寺」と名乗るよう寺名を変えさせたとの事である。
本日は日曜日ですが、鎌倉市中と違い、大船エリア(岩瀬)の当寺まで来る観光客は一人もおらず、緑溢れる静寂な境内に癒されて満足な参詣でした。印象に残る良きお寺さんでした。
《徳川家康に愛された寺》
山号 亀鏡山(ききょうざん)
院号 護国院
創建 天文17年(1548年)
開基 北条綱成
開山 感誉存貞(増上寺十世)
本尊 阿弥陀如来
【歴史】〜Wikipedia より引用〜
天文17年、時の玉縄城主の北条氏繁が、母の供養のために建立された。その後、代々後北条の崇敬を集め、北条氏ゆかりの寺宝も多い。
豊臣秀吉による小田原征伐においては、徳川家康の名を受け、時の住職暁誉源栄が植木村の龍宝寺住職、良達とともに玉縄城主北条氏勝を説得し、開城に繋げた。
暁誉源栄と家康は古くから面識があり、その後も度々交流した。寺名を現在の「大長寺」(以前の名は大頂寺)に変更したのもこの頃の事で、一説によると山号が「亀鏡山」であることを聞いた家康が、亀は大長寿なので、「大長寺」と名乗るよう寺名を変えさせたとの事である。
本日は日曜日ですが、鎌倉市中と違い、大船エリア(岩瀬)の当寺まで来る観光客は一人もおらず、緑溢れる静寂な境内に癒されて満足な参詣でした。印象に残る良きお寺さんでした。

直書き

門前

掲示板

山門(冠木門)

参道

参道右側に🅿️

参道の石段
家康を乗せた駕籠が横になっても上がれるように造られたようです!
家康を乗せた駕籠が横になっても上がれるように造られたようです!


境内

本堂
明治43年(1910)9月再建。
明治43年(1910)9月再建。

葵の紋



境内左側↓
名号碑
名号碑


家畜類供養碑

紫陽花

宝蔵
家康と父松平広忠の位牌・家康像等が安置されているようです。
家康と父松平広忠の位牌・家康像等が安置されているようです。

こちらにも葵の紋

大銀杏
家康のお手植えとか?
家康のお手植えとか?

鐘楼

梵鐘
文政3年(1820)の銘。
文政3年(1820)の銘。


客殿

庫裡
こちらで直書き御朱印と縁起書を拝受しました。
こちらで直書き御朱印と縁起書を拝受しました。


頂いた縁起書
すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1364投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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