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【服部天神宮権禰宜】イギリス留学で感じた悔しさをバネに世界中に伝えたい神道の心

最終更新:2019年10月27日公開:2019年10月07日
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「実家が神社なのですか?」

神主ですと自己紹介すると、よく聞かれる質問です。

私の実家は大阪府豊中市に鎮座する、足の神様として崇敬される服部天神宮(はっとりてんじんぐう)
代々神職として神社に奉仕してきた家系に生まれました。

神社ができて700年以上経ち、初代から数えると私で22代目です。


エッセイ記事公開に合わせて講演会が服部天神宮(大阪府)で開催されます!
日時:10月20日(日)14時〜15時
演題:「イギリスで学んだ神道」
詳しくは服部天神宮からのお知らせをご覧ください。


「神社で生まれた人は、神社を継いで神職に必ずなる」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし私は、心の奥底ではいつかは神社を継ぐんだろうなと思いながらも、神社を継ごうという進路は慶應義塾大学卒業後まで選びませんでした。

29歳になった今、神職として、イギリスで学んだことを活かして英語を使いながら、世界中の方に神道について伝え、神社の境内を案内しています。

今回は、私が神社の跡取りとして生まれた幼少期から大学まで、そして、イギリスの大学院へ神道を学びに行った経験のなかで感じたことを紹介します。

この記事を通して、皆さんが神道や神社により興味を持つきっかけになれば大変嬉しいです。

執筆者
服部天神宮 権禰宜

加藤大志


平成2年大阪生まれ。大阪府にある服部天神宮の神職。
慶應義塾大学商学部卒業後、國學院大學にて神職の資格を取得。
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院宗教学修士課程修了。
世界各国での神道に関する講演を通して、グローバルに日本文化の魅力を発信。
編集者
「ホトカミ」運営代表

吉田 亮


平成2年岐阜生まれ、東京大学文学部卒。
大河ドラマ「利家とまつ」をきっかけに日本文化や歴史に興味を持ち、
「100年後にも感謝される事業」を目指して、月間75万人が活用するお参りの記録投稿サイト「ホトカミ」や多言語お参りガイドを提供する株式会社DO THE SAMURAIの代表取締役をつとめる。

    目次

  1. お祭りすら楽しめなかった少年時代
  2. 自分らしい神社の継ぎ方を模索する
  3. 日本の神道を学びにイギリスへ留学
  4. 神職として、日本、そして世界で何ができるのか?


お祭りすら楽しめなかった少年時代

私は幼い頃から、神社を継ぐよう両親に強制されたことは一度もありません。
自由なのをいいことに、私は神社の手伝いもしない、サッカーに明け暮れる少年でした。

ただ、実家が神社である以上、完全に神社と無関係でいることもできません。
夏にはお祭りが催され、地域から人が集まります。
お祭りのときだけは、賑わいを楽しみに参加します。

しかし、実家の神社に友人と行くことは、本当に耐え難い苦痛でした。

友人が、私の実家が神社だと知ると、質問責めにあいます。

「おみくじって大吉がどれくらい出るの?」
「出店は神社と関係あるの?」
「働いている人は知り合い?」

神社とは無縁でいたかった少年の私には、ひとつひとつの問いかけが心にグサッと刺さります。
ただ友人とお祭りを楽しみたいだけなのに、それすらできないのが現実でした。

自分らしい神社の継ぎ方を模索する

人生は自分で決めたい

高校時代ではサッカー部に所属し、ポジションはフォワード、つまり得点を取ることが私の役割でした。

そんな私は、パスを回すように祖父や父が繋いできた神社をただ受け継ぐだけではなく、シュートを決めるように自分の力で挑戦したいという気持ちが強く、うまく神社と向き合うことができませんでした。

高校卒業後、一般的に神社の家系に生まれた人は、4年制の神職資格学校に進みます。

しかし決められた進路を選びたくなかった当時の私には、神職資格学校に進むことは考えられませんでした。

自分の人生は自分で決める。

神職になるためのレールにすぐ乗るのではなく、自分自身の力で挑戦する為に大学に進もう。
そんな想いから慶應義塾大学商学部に進学しました。

祖父の一生が綴られた本がきっかけで神社を継ぐ決意を固める

慶應義塾大学入学後は、創立2年目のサッカーサークル代表として、多様な仲間と共に、サッカー中心の生活を送っていました。
大学3年生では計量経営学を研究テーマとするゼミに入り、6人のグループで毎晩遅くまで論文執筆に没頭しました。

大学3年生の後半から就職活動のシーズンになり、まわりの学生とともに企業のセミナーに参加し始めました。

4年生になり本格的に面接がスタートすると、学生のなかでも内定の数に差が生じました。
私は予想以上に就職活動に苦悩し、結局思った通りに内定を獲得できませんでした。

そんなとき、父親が「就職せずに、神職資格学校へ行ってはどうか」と勧めてきました。その時たまたま本棚の祖父の一生を綴った本が目に入りました。

祖父も神職であり、私が中学3年生の頃に亡くなりました。
祖父は21歳で服部天神宮の宮司となりました。
当時の境内は荒れ果て、本殿が倒壊していましたが、4年後の25歳の写真には、立派な社殿と祖父を支える多くの街の人々が写っていました。

その写真を見た私は、祖父の血の滲むような努力や神社の維持発展の為に貢献された人々のおかげさまで、今ここに自分がいるのだと感じました。
そして、直感的に、神職こそ私の務めだと思ったのををきっかけに、ここで一度神職への道を進めてみようと思い、入学を決意し、神社を継ぐことにしました。

しかし入学すると、また悩み始めました。
「ただ神職の資格を取るだけでいいのだろうか・・・」

このままでは、自分らしい神社の継ぎ方ができないかもしれないと思うと、悩みが止まりません。

あるとき、「ハーバード大学に留学した神職がいる」という記事を読みました。
それがきっかけで、神職でも海外に留学する可能性があることに気付き、さっそく神道が勉強できる大学を調べていると、神職である大叔父よりイギリスのロンドン大学を紹介されました。

ロンドン大学には、東洋アフリカ研究所というアジアとアフリカの研究に特化した研究所があり、日本宗教にも詳しい先生がいると聞きました。
自分らしい神社の継ぎ方はなんだろう?という暗闇の道に、光が見えたような感覚になり、全く話せない英語を勉強し始めました。

努力が実り、試験に合格。
ロンドン大学の大学院で、神道を学ぶことになりました。

日本の神道を学びにイギリスへ留学

なぜ、イギリスで神道を学ぶのか?

イギリスの空港に到着すると、入国審査がありました。

入国審査官より、「何を学びに大学院へ行くのか?」と聞かれ、
「日本の宗教である神道を学びに、英国へ来ました」と答えると、
不審げな顔で「なぜ、日本の宗教である神道をイギリスで学ぶのか?」と聞かれました。

普通に考えると、確かに日本の神道を海外で学ぶのは不自然です。

しかしこれは、入国審査官に神道を伝えるチャンスだと思い、拙い英語でこのように答えました。

「日本の文化を海外からの視点で見ることで、新しい発見や魅力が見えてきます。
 例えば、神道の宗教施設である神社には、御神木という神聖な木があります。一方で、公園には木があります。『神社にある御神木は神聖なのに、公園の木は神聖ではないんですか?』と西洋人に聞かれたことがありました。これは、日本にいると考えもしなかったことです。だから、海外から日本の神道を見てみたいと思い、イギリス留学を決断しました」

そう答えると、入国審査官も納得した様子で、「グッドラック」と笑顔で私を送り出してくれました。

教授の言葉「仏教の方が神道より大事だ」

ロンドン大学の大学院では、神道を学ぶために、日本宗教学を専攻。
アメリカ、イギリス、イタリア、中国、韓国と多国籍な約20名の学生ともに、神道をはじめとした日本の宗教をについて学べるということで、ワクワクした気持ちで授業に臨みました。

担当の教授はイタリア人女性。
専門は仏教であるが、日本の宗教に知見が深い方です。

早速、初回の授業前に彼女の部屋を訪れると、素敵な笑顔で出迎えられ、少し安心しました。
お話が大好きでとても気さくな女性で、私が神職として英国まで学びに来たことに対して、「とても嬉しい」というお言葉を頂き、本当に学びに来てよかったと思いました。

しかし、会話を続けていると、彼女の一言が私の心に突き刺さります。

「たいし、日本の宗教で重要なのは、神道より仏教である」

動揺を隠せませんでした。

神道を学びに来たのに、なぜ仏教の方が重要だなんて言うのだろう・・・

そこで、しっかりと反論できればよかったのですが、そのとき私は何も言えませんでした。

神職の代表として遥々イギリスまで学びに来ているのにも関わらず、一言も説明できなかったことは、屈辱以外の何ものでもありませんでした。
出発前に色んな激励のお言葉をかけて頂いた、神職の先輩、実家の神社の崇敬者の皆様、家族、色んな人の顔が思い浮かびました。

情けない。このままだと、皆様の期待を裏切ることになってしまう。
何とかしたいという強い想いが生じました。

私のミッションは、彼女に神道についての認識を変えてもらうこと。
自分の心に決めました。

教授が真摯に私の意見を求めた理由

日本宗教の授業は全部で20回。そのうち神道のテーマに関して取り扱うのは、たったの3回だけ。

残りは、仏教や他の宗教、またアニメなどの現代における文化と宗教の関
わりについてでした。

『日本の神道は日本人固有の信仰であり、縄文から弥生時代にかけて形成された、宗教である』という定義に対して、
「神道は本当に固有の宗教なの?」
「大陸から影響を受けるなかで形成されていない?」
「神道の原型が生じたのは中世である」色んな見解が飛び交います。

今までとは違った視点、歴史を見つめるなかで、多様な視点があると感じました。

また、日本で受けていた授業とは全く違い、生徒も教授に対等に意見を述べ、それに対して、教授も答えるというスタイルにうまく馴染めずにいました。
慣れない授業スタイルに発言のタイミングを失っていた私に、
教授は「たいし、どう思う?」と聞きます。

私も懸命に拙い英語で、自分の見解を述べます。
日本から来た神職ということもあってか、その時間だけは皆が私の意見に耳を傾け、真剣な表情で私も見つめます。

ただ、回答するといつも教授に否定されます。
「いや、それは歴史的根拠がなく、違っていて・・・」

授業の度に、私の意見が否定され、悲しさに満ちあふれました。 なぜ私の回答に対して、否定的なんだろう?私が日本人の神職だから?悔しさや色んな気持ちが生じます。

でもよく考えると、なぜこんなにも私の意見を聞いてくれるのだろうか。

今後の論文のテーマについて助言をもらうために、教授の研究室を訪れました。

会話は、論文のテーマから、教授が日本の宗教研究に対して感じていることへうつりました。
彼女は日本で生まれ育った訳ではないので、日本の宗教を研究するなかで、少し壁を感じることがあると私に語ってくれました。

だからこそ、研究者としては半人前である私に対しても、敬意を払い、意見を求め、耳を傾けているということを知りました。そして「もっと授業中に発言してほしい」ということも私に強く語りかけました。

この日の教授の言葉が強く胸に残り、その後の授業では自発的に発言するようになりました。すると彼女はいつものように、拙い英語とまだ若い半人前神職の意見を真剣に聞き、その想いを受け止め、しっかりと議論をしてくれる。

今まで、教授は私の意見をただ否定していたのではなく、真摯な姿勢で私に向き合ってくれていたんだ。
日本からやって来たまだ未熟な若者にぶつかってくれる教授。こんなに有難いことはない。ここに来て良かった。こんなにも自分の全てを出せる環境に感謝しかありませんでした。

本当の意味で心に寄り添う、仏道を歩む友人からの学び

ロンドンで、ある仏教徒に出会いました。
彼は世界平和を志し、宗教協力を現実の紛争解決へ展開する研究を仏教の視点からアプローチするとても優秀な学生でした。
頭が良いこと以上に私が驚いたのは、彼の相手の心に寄り添う姿勢です。

これまで大学時代は、論理的に話すことが求められ、感情より論理を優先して生きてきた私ですので、頭だけで理解し、答えを出そうとする癖がありました。
ああ言えばこう言われるだろう、こう返せばああなるだろう、といった予測を瞬間的に頭の中でしてしまいます。
結果、相手の心を見つめるのではなく、自分の頭で事柄をジャッジし、解決しようとします。

一方で仏教徒の友人は、相手の心の動きをよく観察していました。
その瞬間瞬間を大切にしながら、相手の心に寄り添い、相手の気持ちを感じとることこそ、神職として生きる上で大切な基本だと学びました。

このような大切な教えに気づいたのは、ある友人との関わり合いです。

同じ授業を選択していた友人の一人は、家族との関わりにずっと悩んでいました。
彼は幼少期に母親から暴力を振るわれることがあり、大人になって暴力が無くなっても、癒えない心の傷が残り、うまく母親と向き合うことができない・・・と私に打ち明けてくれました。

私はその話を受けたとき「神道的には家族に感謝する気持ちが大切で、先祖から続く自分の存在を感謝できたらいいんじゃないかな」と表面的な返答をしてしまいました。

このように説明することで彼は家族の大切さを少しでも感じ、前向きになってくれるだろうと自分の頭で予測して生み出した言葉を彼に投げてしまったのです。
この返答をしたときの彼の傷ついた表情は私の胸の奥に今でもしこりとして残っています。

自分ではどうして良いかわからず、仏教徒の友人に相談しました。

彼は、その家族との関わりで悩む友人に会いに行きました。
そのときの彼は、心の悩みを解決してやろうと意気込んだ様子ではなく、肩の力を抜きながら、ただ友人の声に耳を傾けていました。友人も最初はかなり半信半疑に話をしている様子でした。

なかなか彼が心を開かないなか、仏教者の友人は、その日だけでなく、何度も何度も彼の話を聞きに行きました。諦めることなく通い続けるにつれて、少しずつ悩む彼も本音で話をするようになりました。

すると、少しずつ家族への感じ方も変化していきました。そのまま時が過ぎ、彼は帰国しました。
帰国後、彼から仏教徒の友人に連絡があり、家族への接し方や感じ方が変わった。色々とありがとうというメッセージが届いたのです。仏教徒の友人の最後まで諦めない、心に寄り添う姿勢が、伝わった瞬間でした。

仏教徒の友人から、神職として生きていく上で大切な姿勢に気づかされました。
彼との出会い、仏教との出会いに感謝しかありません。
感謝の気持ちに満たされたと同時に、人の心に寄り添いながら神職として今後の人生を歩めること、実家の神社を継げることが本当に有難いことだと感じました。
そして、私は父親の跡を継ぐ決意を固めました。

最近こんなことを言われました。
「神職は人の悩みとか聞いたりしないよね。」

神職は言葉を持って人の悩みを解決することが役割ではないのかもしれない。
それでも、私は神社と世界中の人々を繋ぐ「仲執り持ち(なかとりもち)」として、人々の心に寄り添っていきたい。
そういった想いは、ロンドンという地で仏教者との出会いを通して、自分に生じた大きな変化でした。

神職として、日本、そして世界で何ができるのか?

実は、イギリスの大学院にて最後の授業が終わった後に、ある友人から、
「たいし、結局神道についてわからなかった」と言われました。
授業の回数が限られていたこと、神道の基本が書かれた本がないこと、神道は言語的説明よりも感性を大切にする性質から外国人には理解するのが難しかったようです。

日本宗教を専攻した外国人の友人に尋ねたところ、日本で神社に参拝したり、お祭りに参加せずに神道を感じることは少し難しいようでした。

正直とても悔しかった。
20名もの学生が日本の宗教に興味を持ち、神道と触れ合う機会があったにもかかわらず、そのチャンスを活かしきれませんでした。完全に私の力不足も原因であります。この悔しさは、今でも忘れられません。

その悔しさも胸に帰国した現在、私は海外からの参拝者も多い神社で神職として奉仕しています。アジアや欧米から参拝される人々に対して、できるだけ神社の魅力を感じ取ってもらうために、英語で境内を案内しております。
感性が大切な神道において、日本に根付いた文化に関する用語を英語に翻訳することに大変苦労しながらも、神道について興味を持ってもらえるよう、活動しております。

私はこれまで、いろんなご縁を通じて貴重な経験をさせて頂きました。
お世話になった方々に何とか恩返ししたいという想いで、神職として今後貢献できることについて模索しています。
現在、インバウンド効果もあって、神社にはたくさんの外国人が参拝しています。とても有難いことです。

さらに来年度は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されることから、さらに多くの外国人が訪日することが予想されます。

私の役割は、日本の伝統文化の真髄である神道を日本、そして世界中の人々に感じてもらうための仲執り持ち。つまり、神道と日本、世界中の皆さまの架け橋となるために、神職としての務めを全うすることです。

その務めを全うすることで、神社に参拝した日本人や外国人が、より神道や神社の魅力をそれぞれ感じてもらえたらすごく嬉しいです。
そして、彼らが感じた魅力を彼ら自身で世界の人々へ共有することで、魅力を大学院という研究機関以外にも伝えていく手段はあると信じています。

人によって感じ方が八百万あるのと同じように、その人が感じた神道の先にある道も八百万にあると思います。その道の先に繋がっているものは日本の伝統文化や海外の美術作品など、どんなものでもいいんです。

神道がその人が感じたものを大切にしているからこそ、神職である私も神道を受け取った人が感じたものをそっと見守り、応援していきたい。

私が架け橋となって神道の魅力を伝えること、そうして伝わった神道が日本や世界に広がり、広がった神道の先にある道も無数に広がっていて欲しい。
そう願いながら、今後も神職としての道を歩いていきたいと思います。


エッセイ記事公開に合わせて講演会が服部天神宮(大阪府)で開催されます!
日時:10月20日(日)14時〜15時
演題:「イギリスで学んだ神道」
詳しくは服部天神宮からのお知らせをご覧ください。



服部天神宮(大阪府)

住所
大阪府豊中市服部元町1-2-17
アクセス
電車:阪急宝塚線服部天神駅より徒歩1分
車:境内に駐車スペース有り

服部天神宮 | ホトカミ
服部天神宮 | 公式サイト

※お参りの際は「'ホトカミ'を見ました」とお伝えいただければ幸いです。


ホトカミ編集部より
今回は、服部天神宮様の権禰宜である加藤様より、ご寄稿頂きました。
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