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楽しみ方編集詳細
2022年12月17日(土) 20時45分 byあぶちゃん
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みょうげんじ
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寺伝によると、妙現寺の前身は鎌倉時代の 1195年開創の真言宗寺院大善寺だったといわれています。同寺が日蓮宗に改宗して現在地に移ったのは、永生十六年のこととされています。 妙現寺の北側に、現在も観音沢という谷川が流れています。大善寺はその上流、妙現寺の西側、山腹の平地にあったそうです。そこに祀られていた十一面観音像が 1241年に山崩れによって流され地中に埋没していたが、江戸時代・元禄期(1688~1704)に道・普請の際、村人によって発見され妙現寺におろされて祀られるようになったといわれています。 制作年代は、平安初期といわれ、その技法から作者は当時、仏師として有名な「行基」と推そくされ、長い年月地中に埋もれていたと伝えられます。 本像は、最頂部から台座まで、1メートル70センチ以上あり、日本でも珍しい背の高い、完全な一木彫です。 そのお姿は右手をすんなりと伸ばして垂れ、左手を曲げています。掘り出した時に鍬が左腕にあたり血がにじんだと云われ、そのために包帯をまいてます。 霊験あらたかな「鬼島のお観音さん」として昔から多くの人々の信仰をうけています。
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http://myogenji.jp/
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true
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鬼島山
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1195年
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河内三十三観音霊場 第13番
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鬼島妙現寺のウメ(中梅) 富士川町文化財 妙現寺の鰐口 富士川町文化財