かわぐちあさまじんじゃ
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浅間(あさま)神社
お詣りの計画を立てるのは、ホトカミの皆さんの投稿がかなり参考になり、いつも次は何処に行こうか考えています😊
関東は富士山信仰🗻が色濃く残っており、至る所に富士塚がある事を目にして来たので、山梨県と静岡県の浅間神社のホトカミの投稿はかなり興味深かかったので、プチ浅間神社巡りをしてみました。
御朱印帳を購入して、浅間神社巡り用にしようかな?と思っていたら、神職さんが話し掛けてくれ、昔の人は「火を噴く山」のことを「アサマ」と呼んだそうで、長野の浅間山(アサマヤマ)、熊本の阿蘇山も語源は同じと教えてくれました。
平安時代に富士山が噴火した際、溶岩は河口の方向に流れ河口の人々は大きな被害を受けました。富士山の怒りを納めるために河口の人々が祀ったのがこの神社だそうです。

河口浅間神社初めて伺いました
御由緒
浅間大神(木花咲耶姫命)を祀る河口浅間神社は、貞観六年(864)の富士山大噴火を鎮めるために、貞観七年(865)に創祀された名神大社です。
当時は富士山そのものが神体山とされ、主に駿河国からのみお祭りされていました。浅間大神は甲斐国からも祭られるのを求めますが、意は伝わらず山は大噴火します。そして、八代郡の擬の大領、伴値真貞公をして神懸りの状態となし、「一日も早く祝禰宜を任命し神社を建立、我を齋き祀り祭儀をさせよ」と申し立てます。それを受け、伴真貞公を祝に、伴秋吉を禰宜に任じ、八代郡の郡家以南に祠を建て、明神を齋き祀り、官民挙げて奉謝鎮祭を執り行ったのが創祀とされています。
その大噴火の際、大神の荒神霊をお慰めするために奉納されたと伝えられているのが山梨県無形民俗文化財に指定されている稚児舞です。地元ではオダイダイと呼ばれ、氏子中の7歳から12歳の童女により、4月25日の例大祭と7月28日の太々御神楽祭で奉納されています。
本殿は、慶長12年(1607)に再建されたものです。一間社流造で、唐破風付の向拝を備え、富士河口湖町指定有形文化財に指定されています。拝殿前に奉斎される美麗石は、六国史のひとつ「日本三代実録」に記される浅間神社を初めて祀った石閣と言われています。
根廻り7メートル余りの杉が立ち並ぶ参道、社殿向かって右手の境内地には樹齢1200年を超え、山梨県指定天然記念物の七本杉をはじめ、大木が社叢をなしています。社殿前にそびえる「御爾」は七本杉の中でも最も細身ですが、それでも幹周は6,85m、樹高46,0mもあります。神池の右手、手前から「産射」、「齢鶴」、「神綿」、そして二本杉の「父母」、最奥には「天壌」が立っています。中でも二本杉の「父母」は伊弉諾、伊弉冊の二柱の尊を称え奉っているとされ、縁結の杉として、古事に倣い廻れば結縁うたがいなしと伝えられています。
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