御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
【スペシャル御朱印検索公開】サポーター限定
切り絵・一粒万倍日の御朱印や神さま・仏さま・宗派検索可能に
四天王寺聖徳太子1400年限定切り絵御朱印大バナー2024年12月四天王寺聖徳太子1400年限定切り絵御朱印大バナー2024年12月
常光寺ではいただけません
広告

じょうこうじ|曹洞宗武隆山

常光寺
山梨県 新府駅

歴史

初期武川衆の一人、青木十郎常光が開基し、青木氏の武威が隆盛ならんことを念じて武隆山と号した。はじめは真言宗であったが、後に常光七世の子孫尾張守満懸(信定ともいう)が、雲鷹玄俊(正覚寺開山)の弟子海秀玄岱和尚を開山に迎えて、曹洞宗寺院として中興開山した。最初の開基常光は甲斐守護一条源八時信の孫に当たる。満懸は、武田信縄・信虎・信玄三代に仕えて功多く、その嫡男兵部少輔重満(信立)も、武川衆の旗頭として、信玄の弟左馬助信繁を補佐し、武勲を立てている。
武田氏滅亡で浪人となったが、子息信時とともに徳川家康に仕えた。青木氏の禄高は五百八十石、信時の三代後に江戸へ移ったが、始祖十郎時光から信安までの十一代は、青木の屋敷に住んで、常光寺に葬られた。その墓所は法堂の裏山に設けられ、韮崎市指定史跡となっている。また信時の弟兵部丞信俊は柳沢家を継ぎ、その孫が柳沢美濃守吉保である。

歴史をもっと見る|
1
名称常光寺
読み方じょうこうじ
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号0551-22-2014
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

甲斐百八霊場

第76番

御本尊:薬師如来

詳細情報

山号武隆山
宗旨・宗派曹洞宗
開山・開基青木十郎太常光
ご由緒

初期武川衆の一人、青木十郎常光が開基し、青木氏の武威が隆盛ならんことを念じて武隆山と号した。はじめは真言宗であったが、後に常光七世の子孫尾張守満懸(信定ともいう)が、雲鷹玄俊(正覚寺開山)の弟子海秀玄岱和尚を開山に迎えて、曹洞宗寺院として中興開山した。最初の開基常光は甲斐守護一条源八時信の孫に当たる。満懸は、武田信縄・信虎・信玄三代に仕えて功多く、その嫡男兵部少輔重満(信立)も、武川衆の旗頭として、信玄の弟左馬助信繁を補佐し、武勲を立てている。
武田氏滅亡で浪人となったが、子息信時とともに徳川家康に仕えた。青木氏の禄高は五百八十石、信時の三代後に江戸へ移ったが、始祖十郎時光から信安までの十一代は、青木の屋敷に住んで、常光寺に葬られた。その墓所は法堂の裏山に設けられ、韮崎市指定史跡となっている。また信時の弟兵部丞信俊は柳沢家を継ぎ、その孫が柳沢美濃守吉保である。

体験御朱印札所・七福神巡り
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
行きたい
投稿する
お問い合わせ
ホトカミサポーター募集中

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ