ちょうこくじ|真言宗智山派|八田山
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【甲斐国 古刹巡り】
長谷寺(ちょうこくじ)は、山梨県南アルプス市榎原にある真言宗智山派の寺院。山号は八田山。本尊は十一面観音菩薩。甲斐百八霊場第八十番。本堂は国指定の重要文化財。
『甲斐国社記・寺記』によると、奈良時代の天平年間(729年~749年)に行基が甲斐國の治水事業のために当地に訪れた際、自ら刻んだ十一面観音菩薩を安置し、大和國の長谷寺を模して創建したとしている。当初は豊山長谷寺と称したが、平安時代後期に当寺一帯が開発され八田牧(八田荘)が成立し「八田山長谷寺」と改称した。本尊の十一面観音菩薩は「上八田観音」と称され、原七郷の守り観音として信仰を集めた。
当寺は、JR中央本線・塩崎駅の南方4kmほどの緩やかな丘の上の平地にある。境内は仁王門、本堂の他はあまり建物が建っていないので、元々そこそこの広さだが、かなり広い感じがする。国重文の本堂は、黒光りした堂々たる建物で見応えがある。
今回は、本堂が国指定の重要文化財であることから参拝することに。参拝時は休日の午後、参拝者は自分たち以外にはいなかった。
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長谷寺は、奈良時代に聖武天皇から日本最初の大僧正の位を授けられた行基の開基と伝える真言宗智山派の古刹で、寺記によれば行基が大和国長谷寺(奈良県)にならい、各国に一寺を建てたときの甲斐の長谷寺であるという。甲斐国三十三番札所のうち第四番の観音霊場として知られ、また、請雨の霊験が著しいことから、原七郷(現在の南アルプス市上八田、西野、在家塚、上今井、吉田、小笠原、桃園)の農民によって信仰されてきた。本堂は観音堂とも呼ばれ、現在の本堂は旧材の墨書から室町時代の大永4年(1524)建立であることが明らかとなった。
本堂は桁行3間、梁間3間、一重、入母屋造、向拝一間、屋根は桧皮葺形銅板葺である。この地方における室町時代のすぐれた仏堂建築で、堂内に祀る厨子とともに貴重な遺構である。
長谷寺の基本情報
| 名称 | 長谷寺 |
|---|---|
| 読み方 | ちょうこくじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 電話番号 | 055-285-0072 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
巡礼の詳細情報
| 甲斐百八霊場 第80番 | 仏さま:十一面観世音菩薩 |
|---|
詳細情報
| ご本尊 | 十一面観世音 |
|---|---|
| 山号 | 八田山 |
| 宗旨・宗派 | 真言宗智山派 |
| 創建時代 | 718年(養老2年) |
| 開山・開基 | 行基 |
| 文化財 | 長谷寺本堂 附厨子1基 旧材1枚 棟札1枚(国指定 重要文化財) |
| ご由緒 | 長谷寺は、奈良時代に聖武天皇から日本最初の大僧正の位を授けられた行基の開基と伝える真言宗智山派の古刹で、寺記によれば行基が大和国長谷寺(奈良県)にならい、各国に一寺を建てたときの甲斐の長谷寺であるという。甲斐国三十三番札所のうち第四番の観音霊場として知られ、また、請雨の霊験が著しいことから、原七郷(現在の南アルプス市上八田、西野、在家塚、上今井、吉田、小笠原、桃園)の農民によって信仰されてきた。本堂は観音堂とも呼ばれ、現在の本堂は旧材の墨書から室町時代の大永4年(1524)建立であることが明らかとなった。 本堂は桁行3間、梁間3間、一重、入母屋造、向拝一間、屋根は桧皮葺形銅板葺である。この地方における室町時代のすぐれた仏堂建築で、堂内に祀る厨子とともに貴重な遺構である。 |
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