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楽しみ方松陰神社のお参りの記録一覧
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吉田松陰先生を御祭神として祀られている松陰神社。
いつかはお参りしてみたいと思っていたのですが、山口県の日本海側。
簡単には行けないよなぁと思っていたのですが、今回意を決して萩・長門への訪問を計画して行ってまいりました。
ただこの旅行の2日目は大雨により計画の半分は未達成になりましたが😅
松陰神社は、世界遺産である松下村塾や、ペリー艦隊に海外渡航を願った際に追い返され幽囚されていたご実家などが建つこの地に、松陰先生の御霊を祀る土蔵造りのほこらが建立されたのが始まりとのこと。
その後、明治40年に松下村塾出身者である伊藤博文や野村靖などが中心となって、山口県に神社創建の請願書を提出し、同年10月に県社として創建が許可されました。
吉田松陰先生は8月4日生まれということで、生誕祭月の特別御朱印を拝受いたしました。
中央に金文字で「定省」の文字が書かれており、「温凊定省(おんせいていせい)」という四字熟語の一部で、「親孝行」という意味なのだそうです。
松陰先生が九州遊学中に兄の梅太郎に宛てた手紙において、遠方にいる分の分も両親に温凊定省を尽してほしいと頼んだことに由来しているとのこと。
この萩は多くの歴史的偉人が排出されていて、高杉晋作誕生地や、木戸孝允、伊藤博文など
の旧宅なども近くにあり、もう少しゆっくりと周ってみたかったです。
時間に余裕が持てる日が来たら、またいつか訪れたいと思います。


山口県萩市にある 松蔭神社、松門神社にお参りしました。
広い境内には見頃の梅の木がたくさん植えられていて、いい香りがしていました。
そんな中、しばし立ち尽くし、心うたれたのは 吉田松陰の歌碑でした😔
歌碑の横にあった説明によると、安政の丈獄により捕らえられ、処刑を覚悟した松蔭が安政6年(1859年)に郷里の両親にあてた別れの書簡『永訣の書』の中で読まれたもので、両親に先立つ不幸をわびている気持ちが込められています。
歴史は
松陰神社:吉田松陰を御祭神とし、明治40年(1907年)に再建されました。
現在の社殿は昭和30年(1955年)に完成。御神体として、松蔭が終生愛用した
赤間硯と,父叔兄宛に書いた文書が納められています。
松門神社:松陰神社の旧社殿を移築し、松蔭の塾生・門下生52柱と、松蔭の遺書『留麓録』
を守り後生に伝えた沼崎吉五郎を合祀し53柱が祀られています。




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