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耕田院の日常(418回目)山形県羽前大山駅

「不便益」というものの見方

投稿日:2024年03月28日(木)
輪橋山徒然話   2024-3-28  「不便益」というものの見方

◆「素数ものさし」というユニークな道具を知っているだろうか。このものさしには目盛が「2、3、5、7、11、13、17」しかない。しかし、これだけあれば、目盛のない長さも測れるという道具なのだ。

◆実際に、「素数ものさし」で長さを測るときは、目盛と目盛の差を利用する。 センチの目盛にある素数は、2、3、5、7、11、13、17なのだが、足し算と引き算を用いれば、16、18以外の長さを測ることができるのだ。たとえば、2と11の間は9。あるいは3と17の間にある14が測れるという具合だ。

◆ただし普通のものさし(便利)と違いスタートの「0」がそれぞれなので時間はかかる(不便)。しかし、子どもには数の見方が柔らかく育ちそうだし、大人でも使っていてなんか楽しそうだ。→素数ものさし・動画で是非。

◆このユニークなものさしを提案したのは「不利益システム研究所」だ。「不利益」を研究するとはいったいどんなことなのだろう。

◆HPにはこんな問いがあった。

富士山の頂上に登るのは大変だろうと、富士山の頂上までエレベーターができたとしたらどうなるだろう。

ヒットを打てるように練習するのは大変だろうと、だれでも必ずヒットの打てるバットを作ったらどうなるだろう。

◆富士山エレベーターができれば、日本一の山に挑むという山登りの魅力はなくなり、野球は、つまらなくなってしまうだろう。それは、ドラえもんの「のび太」くんが、便利な(ある意味卑怯な)道具に当初は飛びつくが、結局は道具を手放す話と同じだ。富士山のエレベーターも必ず打てるバットも一見便利そうだが、その便利さの陰で失うものも多いのだ。

◆便利とは、手間がかからず、頭を使わなくても良いことだ。しかし、便利さの陰で失うものつまり、不便で良かった事や、不便でなくてはダメなことがあるというのが「不便益」という考え方だ。

◆「不便益」とは「不便だからこそ得られる益」という意味なのだ。

◆この考えの中心は川上浩司(かわかみひろし)先生だ。
京都大学 デザイン学ユニット(2019まで)→情報学研究科→京都先端科学大学教授
人工知能や進化論的計算手法をシステムデザインに応用してきたが、京都大学共生システム論研究室に配属後、人と人工物の関係を考え直し、「自動化」に代わるデザインの方向性を模索中だそうだ。「不利益システム研究所」の代表者を勤められている。

◆人と人工物の関係を考え直し、「自動化」に代わるデザインを「不便益デザイン」という。具体的には次のようなものである。

◆日常なにげない障害物をあえて作り込んで身体能力を衰えさせないという「バリアアリー」。至れり尽くせりの「バリアフリー」とは違う一歩進んだ考え方だ。「シェアードスペース」は、車線も標識も信号も取っ払って、安全の担保は人に委ねる道。安全を担保するのは道路側ではないという。これまた斬新だ。

◆便利か不便か、善か悪か、というものの見方では限界が来ているということなのだ。便利至上主義から一歩進んだ考え方なのだ。当たり前を疑うそんなものの見方なのだ。

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耕田院(山形県)

すてき

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