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耕田院の日常(253回目)山形県羽前大山駅

「免疫寛容」

投稿日:2023年04月21日(金)
◆「生きているということは、体の中に死を育てている」という言葉を残したのは、世界的な免疫学者で能作者でもある多田富雄博士だ。

◆多田富雄博士。生命科学の研究を牽引した第一人者だ。67歳の時に病に倒れ右半身と嚥下(えんげ)の障害。そして声を失った。

◆ある日、博士に「全く動かなかった体に芽生えた小さな変化」があったという。その変化とは、右足の親指がかすかに動いたのだ。

◆博士は、これを動かしている人間はどんなやつだろうと密かに思ったという。そして、思うように動かないその目覚めを「鈍重な巨人」と名付けつらいリハビリの中で育ててゆく。「鈍重な巨人」は、今は弱々しく鈍重だが、無限の可能性を秘め、それを「自ら帯同」しているように思ったそうだ。

◆一つのことができるたび、一つのことが形になるたびに、昔健康な頃無意識に暮らしていた頃と比べて、今の方がもっと生きているという実感や喜びにつながっていったという。

◆「体の中に死を育てている」という言葉とともに、「鈍重な巨人」を「自ら帯同(=一緒につれている))という大いなる境地がそこにあったのだ。

◆倒れた後も、心と体の変化を見つめ、言語装置を使いながら発表の場に立ち、鋭い視点の著作を数多く遺した。自分の身体の病状を冷静に分析しながら、新しい自己が置かれた状況を「寛容」をもって受け入れた。声の出ない博士はいつも不自由な左手を使って一音一音声をパソコンで合成して、講演した。

◆多田博士は、免疫学を「自分と他人」喩えて説明する。免疫は自分と他人を見分け、体を守る働きなのだ。他人が侵入してきた時に相手を攻撃するだけではなく、時にはその他人を受け入れることがあるそうだ。これを「免疫寛容」という。人間の免疫システムとは、自分と他人を見分けつつ、共存する方法を見つける知恵なのだ。

◆多田博士は、「免疫寛容」は自然の知恵だと言う。そして、この知恵は人間社会にもあてはめることができると考えた。つまり、人間の社会でも異質なものを排除するだけではなく、受け入れ、共存する知恵、多様性が必要だと多田博士は説くのだ。

◆その多田博士は、後進の科学者にこう言い残している。

寛容で豊かな研究などといったら 競争に負けてしまうと言われるかもしれません。でも一年ぐらい遅れてもいいではありませんか。研究の価値はそんな短期的なことで決まるわけではありません。寛容で豊かな研究をしてさえいれば、流れは絶えることなく、脈々と続いて 支流を作り続けるでしょう。

◆「研究」という言葉を「仕事」あるいは「生き方」に入れ替えてみるとストっと了解する。百年時代を生きる我々の指針になる言葉である。

◆そして、瀬戸内寂聴さんは次のように説く。

人とつきあうのに秘訣があるとすれば、それはまずこちらが相手を好きになってしまうことではないでしょうか。

◆多田博士の「免疫寛容」は自らの人生を豊かにするキーワード。そして、その秘訣は寂聴さんの「相手を好きになってしまうこと」なのだ。

いつもニコニコ。一筆啓上付箋写経。
耕田院(山形県)

すてき

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