耕田院の日常(166回目)|山形県羽前大山駅
御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
投稿日:2023年01月17日(火)
◆「大丈夫?」と聞かれ「大丈夫!」と返していたが言葉が、難解な日本語になってしまった。
◆今日は金曜日だ。
「一杯どう。」
「大丈夫です。」
◆これは、OKなのか。それとも、結構ですということなのだろうか。
◆もう一杯すすめるときもそうだ。「大丈夫です。」はどちらともとれる。つまり、まだまだ「飲めますよ。大丈夫いけますよ」なのか「もう十分足りています。」これだけではとんと不明なのである。
◆そもそも、大丈夫とは「丈夫(ますらお) 立派な男」「危険がない、心配ない」の意味だ。きっぱりした言葉なはずなのに否定でも肯定でも使う言葉になってしまった。つまり、曖昧で、その誤解を生むことばになったのだ。
◆また、「いいです。」とか「結構です」なども同じなのだが、しかしなんといっても困るのは「大丈夫です」である。
◆こんなドラマもあった。
不幸な生い立ちの男がいる。
幼少期の家庭環境は劣悪だ。親も「毒親」。
やがて彼にもかわいい彼女ができ、やがて子どもを授かる。
彼は困った。
自分に育てることができるのだろうかと。
だから、生まれてくる子どもを愛せないかもしれないと腰がひけている。
◆そんな彼をみて恋人はこう告げる。
「子どものことだけどもう気にしなくてもいいから。だから、もう大丈夫。大丈夫なんだけど、私たちもうおしまいにしよう。」
◆「もう大丈夫」は、「あなたはもう心配しなくてもいいよ」ということ。「大丈夫なんだけど」は「私も大丈夫なんだけど」という意味だろうか。この時、お腹の子どもはどうなっているのだろう。
◆彼からみれば「もういない」というふうにとれる。また、「大丈夫なんだけど」は、彼女の体は(堕胎しているが)大丈夫ととれる。しかし、実際は、彼女が一人で子どもを産み、育てると決心した言葉だったのだ。
1/12の「相棒」より
◆それにしても「「大丈夫」は、恋人たちの運命のすれ違いさえ生んでしまう「あいまいな表現」なのだ。
◆最近特に相手が勝手に解釈してくれる余地がある「便利なことば」となっているようだ。だから、とりあえず「大丈夫です」と答えておけばよいと便利に使っているフシもある。
◆もし、それで考えているとしたら大変なことになる。OKなのかNOなのか勝手に解釈してくれる余地を残すということでは、よりよい信頼関係つながらないからだ。そして、何より「大丈夫?」と尋ねるほうが聞いていないのに、「大丈夫」と答えるのが、そもそも原因のなのだと思う。会話を短くしすぎなのである。
◆さて、「なんできたの」という言葉も要注意だ。車できたのか、電車なのか、バスか徒歩かと「どんな交通機関を使ったのか」の問いのはずが、「なぜここに来たのか」と相手にとられて困った場面をみたことがある。漫才ではなく現実におこりうることなのだ。
◆今日は金曜日だ。
「一杯どう。」
「大丈夫です。」
◆これは、OKなのか。それとも、結構ですということなのだろうか。
◆もう一杯すすめるときもそうだ。「大丈夫です。」はどちらともとれる。つまり、まだまだ「飲めますよ。大丈夫いけますよ」なのか「もう十分足りています。」これだけではとんと不明なのである。
◆そもそも、大丈夫とは「丈夫(ますらお) 立派な男」「危険がない、心配ない」の意味だ。きっぱりした言葉なはずなのに否定でも肯定でも使う言葉になってしまった。つまり、曖昧で、その誤解を生むことばになったのだ。
◆また、「いいです。」とか「結構です」なども同じなのだが、しかしなんといっても困るのは「大丈夫です」である。
◆こんなドラマもあった。
不幸な生い立ちの男がいる。
幼少期の家庭環境は劣悪だ。親も「毒親」。
やがて彼にもかわいい彼女ができ、やがて子どもを授かる。
彼は困った。
自分に育てることができるのだろうかと。
だから、生まれてくる子どもを愛せないかもしれないと腰がひけている。
◆そんな彼をみて恋人はこう告げる。
「子どものことだけどもう気にしなくてもいいから。だから、もう大丈夫。大丈夫なんだけど、私たちもうおしまいにしよう。」
◆「もう大丈夫」は、「あなたはもう心配しなくてもいいよ」ということ。「大丈夫なんだけど」は「私も大丈夫なんだけど」という意味だろうか。この時、お腹の子どもはどうなっているのだろう。
◆彼からみれば「もういない」というふうにとれる。また、「大丈夫なんだけど」は、彼女の体は(堕胎しているが)大丈夫ととれる。しかし、実際は、彼女が一人で子どもを産み、育てると決心した言葉だったのだ。
1/12の「相棒」より
◆それにしても「「大丈夫」は、恋人たちの運命のすれ違いさえ生んでしまう「あいまいな表現」なのだ。
◆最近特に相手が勝手に解釈してくれる余地がある「便利なことば」となっているようだ。だから、とりあえず「大丈夫です」と答えておけばよいと便利に使っているフシもある。
◆もし、それで考えているとしたら大変なことになる。OKなのかNOなのか勝手に解釈してくれる余地を残すということでは、よりよい信頼関係つながらないからだ。そして、何より「大丈夫?」と尋ねるほうが聞いていないのに、「大丈夫」と答えるのが、そもそも原因のなのだと思う。会話を短くしすぎなのである。
◆さて、「なんできたの」という言葉も要注意だ。車できたのか、電車なのか、バスか徒歩かと「どんな交通機関を使ったのか」の問いのはずが、「なぜここに来たのか」と相手にとられて困った場面をみたことがある。漫才ではなく現実におこりうることなのだ。
すてき
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