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耕田院の日常(9回目)山形県羽前大山駅

「金子みすゞ」 2022/7/18 「朝4時半の話」

投稿日:2022年08月10日(水)
◆昨日の投稿「お供え」にコメントで「お仏壇」(金子みすゞ)という詩を教えて頂いた。実は、この詩を知らなかった。

◆金子みすゞさんといえば「みんなちがって みんないい」の「私と小鳥と鈴と」だ。また、童謡詩人の矢崎節夫さんの「みすゞ探しの旅」が小学校の国語の教材文にある。丁度「ゆとり教育」が始まった頃に華々しく登場した。

◆生き方の背景を知らなくては詩人の心を掴むことができない。金子みすゞは何度も教材として扱ったが、彼女の結婚、その後の人生、そして終わり方が過酷であるので、その生き方と照らしながら詩を読んでいくのは正直難しいところがあった。

◆しかし、この詩からは、失われつつある当時の一般的な信仰生活の倫理観や道徳観も垣間見え、彼女は穏やかな幼少期を過ごしていたことがわかりほっとする。ある意味、金子みすゞの原点があるといってもよいと思うくらいの詩だ。

「お仏壇」     金子みすゞ

お背戸(せど)でもいだ橙(だいだい)も、
町のみやげの花菓子も、
仏さまのをあげなけりや、
私たちにはとれないの。

だけど、やさしい仏さま、
じきにみんなに下さるの。
だから私はていねいに、
両手かさねていただくの。

(略)

朝と晩とにおばあさま、
いつもお灯明(あかり)あげるのよ。
なかはすつかり黄金(きん)だから、
御殿(ごてん)のように、かがやくの。

朝と晩とに忘れずに、
私もお礼をあげるのよ。
そしてそのとき思うのよ、
いちんち忘れていたことを。

忘れていても、仏さま、
いつもみていてくださるの。
だから、私はそういうの、
「ありがと、ありがと、仏さま。」

◆金子みすゞの魅力は、「新たな見方を教えてくれること」だと私は思っている。この詩では「仏さまは、昼間は忘れていても、いつもみていてくださる」という幼子の気づきと「ありがと、ありがと、仏さま」の感謝ことばがそれである。当時日本の国に息づいていた信仰の姿でもあろう。

◆このような幼少の時代を穏やかに過ごしたことで、後の金子みすゞは、常に弱いもの、小さいもの、勝った方ではなく負けた方の側に立った心、仏の眼を養うことができたのだ。そう私は了解した。

◆昨日の「お供え」の最後に「仏壇も仏像もお位牌もあったほうかよいとは思うが、無くてもかまわない。しかし、供養の「こころ」だけは無くしてはいけない。そうならない方法を考えなければならない」と書いたが、その「こころ」の有り様がこの詩にある。現代に生きる我々が取り戻さなければならないこと、そして、子どもたちに教えていかねばならないことのヒントでもある。

◉それにしてもよい詩を紹介して頂いた。            合掌
耕田院(山形県)

すてき

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