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すだはちまんじんじゃ

隅田八幡神社
和歌山県 隅田駅

隅田八幡神社の情報

住所和歌山県橋本市隅田町垂井622
行き方

JR和歌山線『隅田駅』より徒歩17分
京奈和自動車道『橋本東』出口より車で3分

隅田八幡神社の基本情報

名称隅田八幡神社
読み方すだはちまんじんじゃ
通称すだのはちまんさん
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0736-32-0188

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://sudahachimanjinjya.org/
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詳細情報

ご祭神《主》誉田別尊,足仲彦尊,息長足姫尊,丹生都比売命,瀬織津比女命
創建時代貞観年間(西暦859~877年)
本殿流造
文化財

人物画象鏡(国宝)
隅田文書 37点、隅田八幡神社経塚出土品 一括(和歌山県指定有形文化財)
隅田八幡神社経塚(和歌山県指定史跡)
隅田八幡神社の秋祭(和歌山県指定無形民俗文化財)
隅田八幡神社管祭(橋本市指定無形民俗文化財)

ご由緒

「神功皇后が外征後、御帰朝の際、筑紫を発し、紀伊の衣奈浦(日高郡由良町)を経て大和の都に御還幸の途次、輦をこの地に駐め滞留なさせ給いし旧跡にして、欽明天皇の詔により貞観年間(西暦859~877年)に八幡宮が勧請された。のちにこの地が石清水八幡宮の社領となり、当神社を『隅田の別宮』と称した。
 長治二年(西暦1105年)隅田荘内の豪族で隅田党(隅田一族)の祖・長(のちの藤原・隅田)忠延が当神社の社務を司る俗別当職(ぞくべっとうしき)となり、次いで隅田荘の荘官である公文職(くもんしき)にも任じられた。その後代々両職に任じられ、鎌倉時代以降は隅田党の氏神として社頭堂塔も備わり、祭式を厳かにして栄えた。
 永禄三年(西暦1560年)松永弾正久秀の攻略によって社殿が焼失、慶長年間に再建され、江戸時代になると隅田荘十六か村の産土神として繁栄し、紀州藩主徳川氏が累代厚く崇敬した。社殿は、文政二年(西暦1819年)焼失するが、同五年には再建される。今も壮麗で往古を偲ぶことができる。
 明治時代の神仏分離で当神社の神宮寺の大高能寺が分離され、大正五年県社になる。

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