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はりゅういん

巴陵院のお参りの記録(1回目)
和歌山県高野山駅

投稿日:2026年05月28日(木) 21時35分36秒
参拝:2026年5月吉日
巴陵院は女人堂からの不動坂を下って100mほどの場所にあるお寺です。
高野山といえば弘法大師ですが 山門前に 親鸞聖人時雨御影奉安殿と書かれた石柱がありました。
「禁裏御所坊」とおしゃれな字で書かれた標がありました。
なんじゃろこれ?と思って調べたところ 皇室にゆかりのある寺院だということが分かりました。
なるほど 山門に菊の紋がありました。
もうひとつは豊臣家の紋ですね。
山門の柱に 「当院は内拝(入堂)出来ません 現在すでに役行者の札所ではありません 御朱印はありません」と貼り紙がありました。
札所でなくなるってことあるんですね。
知らなかったです。
山門は閉じられていましたが 横の戸が開いていましたので 少しだけ入らせていただきました。
宿坊の雰囲気を感じさせる建物がありました。
こちらには御詠歌が貼られていて 高野山御所坊とありました。
別格本山レベルということなのでしょう。
山門とは別にもうひとつ門がありました。
こちらは立ち入ることができない感じに荒れていました。
石柱があり 準別格本山禁裏御所坊 と書かれていました。
廃寺ではないのですが 檀家さんのためのお寺という感じでしょうか。
Googleマップでは宿坊と表記されますが この情報は正しいのかどうか疑いがあります。
というのも 2019年の宿坊一覧には載っているのですが 高野山観光情報センターでいただいたマップには載っていないのです。
宿坊の数が1つ減っているので こちらの巴陵院が宿坊から抜けたのかも知れません。
菊の紋のある山門前で合掌しました。

ネット情報です。
巴陵院は和歌山県高野町高野山の準別格本山である。
「禁裏御所坊」といわれる 皇室ゆかりの格式ある寺院である。
開基は不詳で 大永5年(1525年)後柏原天皇の第三皇子青蓮院宮尊鎮(そんちん)親王が当院に寓居し 以降小田原御所坊と称した。
創建当初は 「福蔵院」と呼ばれていたが 戦国時代から江戸時代にかけて相馬家 高木家 伊達家などの諸大名の菩提寺となった。
そして承応2年(1653年)に相馬義胤(よしたね)の法号にちなんで 「巴陵院」と寺号を改称した。
小田原谷安養院の南にあったが 昭和初期に現在地に移った。
本尊は 鎌倉時代作の阿弥陀如来である。
寺宝には 親鸞直筆の「時雨の御影」 日本最古の霊石といわれる本願石などがある。
葛城修験との関係が深く 本堂には役行者像と法螺貝が安置されている。
6月第1日曜日には 紫燈大護摩が行われる。
また 円弁法師が唐船や高麗船などの貿易船の祈祷を行って以来 海上安全の祈願所になっている。
巴陵院の山門は鎌倉時代の建立で 高野山の中で最古のものです。
また 本堂には法螺貝と役行者像が安置。
高野山で唯一 修験道の伝統を今に伝えるお寺です。
巴陵院(和歌山県)
山門は閉じられていますが 横の戸が開いていました
巴陵院(和歌山県)
山門に豊臣の紋と菊の紋
巴陵院(和歌山県)
親鸞聖人時雨御影奉安殿
巴陵院(和歌山県)
おしゃれな字 はりょういんと読みます
巴陵院(和歌山県)
内拝できません・役行者の札所ではありません・御朱印はありません 丁寧に書いてくださっています
巴陵院(和歌山県)
こちらが入口のようですが
巴陵院(和歌山県)
御詠歌
巴陵院(和歌山県)
お庭の様子
巴陵院(和歌山県)
不思議な花が咲いていました
巴陵院(和歌山県)
もうひとつの門
巴陵院(和歌山県)
寺号の石柱

すてき

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