だんじょうがらん|高野山真言宗
壇上伽藍のお参りの記録一覧
今回、御朱印もらっていないので、投稿しようか迷ったのですが折角なので😅
明王院を後に、裏手から壇上伽藍へ。
こちらも高野山では代表的な場所。
見どころ満載で何回訪れても、新しい発見がありますよねー🤗
いつか紅葉広がる錦秋の蛇腹路を誰もいない時に1人で歩いてみたいものです☺️
空模様が怪しくなってきたので、今回は足早に💦
以前に撮っていた写真もあわせて投稿します。
中門には『四天王』
甲冑姿に刀剣を持っているのが『持国天』
右手に鉾、左手に宝塔を持った姿が『多聞天』
『広目天』の胸元の蝉は『威嚇』の姿勢。
セミの大きな鳴き声で周囲を圧倒するという意味があるんだって。
『増長天』の胸元の蜻蛉は『後ろに退かない』という姿勢。
トンボはまっすぐに前に飛び、前進あるのみ。
空海が高野山を開創した時に最初に諸堂を建立した場所と言われています。
根本大塔は迫力が有ります。
金剛峯寺から壇上伽藍へ
手水舎はすごく大きいです
東塔
根本大塔
中門
金堂
西塔
根本大塔の御朱印は大日如来
金堂の御朱印は薬師如来
それぞれ待たずに頂けました
和歌山県の寺院/博物館巡りの高野山霊宝館の次はここ、壇上伽藍。高野山に来たならば外す訳にはいきません。私としては2021年5月以来ですので、ほぼ3年振りの参拝です。
壇上伽藍は空海が高野山を開山した際、真っ先に造営に取り組んだ場所で、奥之院とともに高野山の二大聖地の一つ。密教思想に基づく曼荼羅の世界観を具現化したものと言われ、高野山全体の総本堂である「金堂」や高さ約49mの「根本大塔」等の19の諸堂が建ち並んでいます。しかし、標高の高い山中に在る事から落雷等による度重なる火災があり、国宝の「不動堂」と「御社(みやしろ)」を除き、江戸後期~平成に掛けて再建されたものです。
うだうだと記載しなくとも多数の皆さんが投稿されて記載されていますので、撮った写真だけを投稿します。(時間の都合で根本大塔より東側には行っておりません。)
尚、金堂、根本大塔の堂内には入らず(入堂する場合はそれぞれ500円掛かります。)堂外から手を合わせました。また、過去にこちらで御朱印を頂いておりますので今回は頂いておりません。
中門
金堂
六角経蔵
根本大塔
三鈷の松
御影堂
左から鐘楼、孔雀堂、准胝堂
西塔
山王院
御社
蓮池と青龍大権現
高野山御礼参り
壇上伽藍及び金堂
高野山御開創当時は講堂と呼ばれていました。平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成しました。梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートル、入母屋造りですが、関西近代建築の父といわれる武田五一博士の手によって、耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計、建立されました。内部の壁画は岡倉天心の理想に傾倒し、日本美術院の発展に貢献した木村武山(ぶざん)画伯の筆によって、「釈迦成道驚覚開示(しゃかじょうどうきょうがくかいじ)の図」や「八供養菩薩像(はっくようぼさつぞう)」が整えられました。本尊の薬師如来(秘仏)は、洋彫刻の写実主義に関心をよせ、江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて、木彫を近代化することに貢献された、高村光雲仏師によって造立されました。
【高野山(こうやさん)金剛峯寺(こんごうぶじ)壇上伽藍(だんじょうがらん)】
本尊:薬師如来
宗派:高野山真言宗
開基:弘法大師
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第51番~
高野山金剛峯寺は、高野山真言宗の総本山。弘法大師は816(弘仁7)年にここに道場を開いたとき、みずから一山全体をさして「金剛峯寺」と名付けたという。壇上伽藍には、根本大塔をはじめ主要な伽藍が立ち並んでおり、金堂が一山の総本堂である。
~『百寺巡礼 第六巻 関西』五木寛之(講談社、2004)~
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」で参拝。高野山に訪れるのは3回目。今日は、朝から快晴でした。多くの堂宇の中で本堂の金堂が大きくそびえています。根本大塔はやはり巨大で立派です。個人的には、木立のなかにそびえる繊細な西塔が好きです。国宝の不動堂は撮れなくて残念でした。
【中門】
【多聞天像】
【持国天像】
【増長天像】
【広目天像】
【金堂】
【金堂】
【中門】
【六角経蔵】
経蔵の基壇(きだん)付近のところに把手がついており、回すことができ、一回りすれば一切経を一通り読誦した功徳を得るといわれている。
【山王院】
狩場明神の伝説。~寺伝によれば、修行の霊場を探し歩いていた空海は、奈良県宇智郡で一人の猟師に出会った。その猟師は空海の話を聞くと、いい場所があると告げ、自分の犬を放って空海を案内させた。その場所で空海は別の山人に出会う。すると、猟師と同じグループらしいその山人は空海を高野に案内し、土地の提供を申し出たというのである。狩場明神は最初に登場する猟師であり、それとセットになっている女性神の丹生(にう)明神は、高野山の山の神だということだ。(中略)こうして空海は、高野山の山人たちが信仰していた地主神を敬い、金剛峯寺の鎮守とした。そして、この狩場明神と丹生明神の二神を迎えて、鎮守神を祀る御社を壇上伽藍の地にまず最初に建立したという。その後、高野山のどの寺でも、この二神に気比明神と厳島明神の二神を加えた四神を守護神として祀るようになる。~
【山王院】
【山王院扁額】
【御社】
国の重要文化財。
【西塔】
【鐘楼】
【孔雀堂】
【准胝堂(じゅんていどう)】
【御影堂(みえどう)】
【根本大塔(こんぽんだいとう)】
【根本大塔(こんぽんだいとう)】
【大塔の鐘・高野四郎】
【大塔の鐘・高野四郎】
日本で四番目に大きな鐘であったことから、高野四郎と呼ばれる。
【三鈷の松】
弘法大師が唐より投げた三鈷杵がひっかかっていた松。三鈷杵と同じく三葉の松で縁起物として松の葉の落ち葉を持ち帰りお守りとしている。
【愛染堂】
【大会堂(だいえどう)】
【三昧堂(さんまいどう)】
【東塔】
【手水舎】
【六時の鐘】
三大聖地✨
三鈷の松
善女龍王社
16日雨の日に参拝✨
16日は高野明神の縁日。雨の日は高野明神(狩場明神)が狩りに出かけないので神社におられるそうです♪
念願の高野山。
高野霊木の御朱印帳と弘法大師生誕1250年記念の御朱印をいただきました。ぶじ三鈷の松葉も拾えました。
山の上の蓮の形の地形のせいで何度も落雷火災にあい、百年以上そのままだった頃もあったそうです。
立派な中門も大塔も西塔も金堂も見られてありがたいことです。
壇上伽藍のナイトツアーに参加しましたが、怖いくらいの静けさと星空とライトアップされた壇上伽藍と。非日常でした。
広目天の胸元には蝉が。虫好きにはアブラゼミとわかるくらいのリアルさ。
増長天の胸元には勝ち虫のトンボが。こちらもリアル。
お堂を覗くと中の灯りに照らされた像がまるでお迎えに来たかのような…もうちょっと現世で頑張りたいです。
高野山、秋。🍁
大門
いいお天気です☀。気温は17℃。
少しずつ色づきはじめていました。
大門をくぐって壇上伽藍へ向かいます。
見頃は1週間後くらいかなー。
高野の町をブラブラしながら。
中門へ到着。
金堂
根本大塔
不動堂
東塔
今週末は紅葉狩りで混雑するのでしょうねー。
金剛峯寺、大師教会から壇上伽藍へ。金堂ではちょうどお彼岸供養されていて同席できました。良い声。ここが高野山の原点。気が引き締まります。ちょっと戻って大門へ。あとは金堂から順に回ります。金堂ではお彼岸供養の声が響いて厳粛な雰囲気。根本大塔では大日如来と金剛界4仏が拝観できますが、大きい。圧倒されます。壇上伽藍だけでも一杯歩いて、ここでランチ。
金堂御朱印
根本大塔御朱印
大門の威容。
壇上伽藍の入口となる中門。再建なりました。
増長天
持国天
根本大塔
御影堂は修復中のためここだけ。参拝はできます。
准胝堂と孔雀堂
西塔。最高の雰囲気。
結解守護の御社。
御社山王院。
六角経蔵。取っ手を押して1週廻ると書物を読んだことになりますが、重い。3人がかりで動きました。
高野山総本堂の金堂。
大会堂。
東塔。西塔とは異なり朱です。遠くに根本大塔。道は蛇腹道。
精進料理でランチ。
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