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[高岡御朱印巡り3]
日本一のイケメン大仏様、美しく微笑んでいらっしゃいます。
街中で存在感ありますね☘️
参道の入り口には青銅製の仁王様が☘️
こちらもかなりの存在感!素敵!
大仏が鎮座する台座の内部にはいれます。
中の回廊の壁面には地獄絵などの仏画が展示されていて、ちょっと怖い感じ😔
1900年の大火で類焼した2代目高岡大仏の焼け残りとされる頭部が安置されていました。
静かに手を合わせました🙏
帰りにはすごく気になっていた参道の大仏焼、美味しく頂きました😋
1907年より26年の歳月をかけて完成したもので、高さ16mの青銅製阿弥陀如来坐像「高岡大仏」
小杉大仏、庄川大仏と共に越中三大仏です。
およそ800年前、承久の乱をさけて越中に入道した源義勝が木造大仏を造営したことがはじまりだといわれています。
高岡大仏の特徴である「円光背」には、阿弥陀仏の仏徳を一字で表現する梵字「キリーク」が頂点に配されています。
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【越中國 古刹巡り】(過去の参拝記録)
大佛寺(だいぶつじ)は、富山県高岡市大手町にある浄土宗の寺院。山号は鳳徳山(ほうとくさん)。阿弥陀如来坐像は「高岡大仏」として知られ、奈良大仏、鎌倉大仏に並ぶ日本三大仏と称している。
創建は鎌倉時代の1221年、承久の乱を避けて越中国に来た源義勝が、二上山に木造大仏を建立したことに始まる。江戸時代初期の1609年に前田利長による高岡開町に合わせて、大仏を城下に移転、のちに焼失。1745年坂下町の極楽寺住職・等誉上人により金色の木造大仏が再建されたが1821年に再び焼失。1841年に大仏が再建されるも、1900年の高岡大火で再々度焼失した。このため火に強い大仏の再建が望まれ、1907年に松木宗左衛門が発願、高岡銅器の職人が協力し、1932年に現在の「銅造阿弥陀坐像」が完成。「高岡大仏」として親しまれるようになり、現在では高岡市の観光名所の一つとなっている。
当寺は、JR氷見線・城端線・あいの風とやま鉄道・高岡駅の北方500mの平地の市街地にある。街の一区画の境内は縦に長いため参道はそこそこ距離があるが、横幅はなくコンパクト。境内北西端の入口を入ると、しばらくは街の公園のような雰囲気。境内南東端に本堂と高岡大仏博物館があり、博物館の上に高さ約16mの大仏が鎮座している。
今回は、旅行情報サイト・4travelで人気の寺院ということから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、人気の観光スポットらしく、割と多くの観光客が訪れていた。

高岡大仏は、富山県高岡市大手町の鳳徳山大仏寺にある、高さ約16メートルの阿弥陀如来坐像です。
町並みの中に突如現れる巨大な仏像は、背にそびえる「円光背」が特徴的な青銅製仏像で、1933年(昭和8年)に再建を果たした三代目にあたります。初代、二代目の木製大仏が大火で類焼した歴史から、焼失を三たび繰り返すまいとの思が込められており、大仏再建を切望する市民の寄進と情熱、「鋳物の町高岡」が脈々と受け継いだ鋳造技術の粋が結集して造立されました。
奈良・鎌倉の大仏と並び「日本三大仏」とも称されており、高岡のシンボルでもあるその存在は、市民から「だいぶっつぁん」と、親しみと敬意を込めて呼ばれています。


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