いみずじんじゃ
射水神社富山県 本丸会館前駅
今月、73人がお参りしました
- 所在地
- 高岡市古城1-1
- 参拝時間
- 09:00〜17:00
- 駐車場
- あり
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楽しみ方
射水神社参拝⛩️ 富山県⑨
一宮巡りで上がらせていただきました。
高岡城公園に鎮座されており、沢山の方がお詣りされてました。
一粒万倍日の御朱印もいただきました🙏
由緒
射水神社はもともと、霊山である二上山そのものを祀る社であったと考えられています。古記録に、当社のご祭神は「二上神」と記されており、神仏混淆(しんぶつこんこう)が主流だった江戸時代までは、「二上山大権現(ふたがみやまだいごんげん)」として人々に崇敬されてきました。その後、明治時代には政府による神仏分離令を受け、二上神は瓊瓊杵尊として祀られるようになりました。
越中国は古くから名の知られた神社が鎮座されるなかで、当社は神社の戸籍帳とも云われる『延喜式』神名帳(出雲本)において国内唯一の名神大社、また加賀国一宮の白山比咩神社に伝わる『白山之記』(国指定重要文化財)では「越中一宮」と記されています。
もっと読む射水神社は、悠久の昔、二上神を奉斎して二上山麓に創建され、『延喜式』越中国三十四座で唯一の名神大社として、その御神威は広く朝野に知れわたり、越中国総鎮守の大守護神として崇敬されてきました。
奈良朝、勅命により越中全土の各土より初穂米奉納の制度が設けられ、また、国司の補任にあたっては国家安穏、五穀豊穣を祈願する越中国一宮としてその隆盛を極めました。
その後、戦国時代には兵火により社殿が悉く焼失しましたが、天正十三年、前田利家公が越中を領するに到って社殿を修理、二代目前田利長公により再建されて、一時中断していた初穂米奉納制度も復活し、江戸時代に加賀藩の祈祷所となって復興しました。
明治四年、越中で最高の国幣中社に列せられ、諸条件を鑑み、現鎮座地の高岡城本丸跡に官費を以って社殿が造営され、明治八年九月十六日、盛大且厳粛に遷座祭が斎行されました。
しかし、明治三十三年、高岡大火によって類焼し、社殿樹叢を悉く炎上しましたが、同三十五年には官費を以て再建されましたのが現在の社殿となり、建築界で初めて文化勲章を受けた伊東忠太が設計を担当しました。
| 住所 | 富山県高岡市古城1-1 |
|---|---|
| 行き方 | 万葉線高岡軌道線本丸会館前から徒歩3分 |
| 名称 | 射水神社 |
|---|---|
| 読み方 | いみずじんじゃ |
| 通称 | 二上山大権現 |
| 参拝時間 | 09:00〜17:00 |
| 参拝にかかる時間 | 10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり 右上に越中総鎮守一宮の印、真ん中に射水神社の社印、左上に初春令月気淑風和の印が押されています。
|
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0766-22-3104 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.imizujinjya.or.jp/ |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 《主》瓊瓊杵尊 |
|---|---|
| 創建時代 | 奈良時代以前 |
| 本殿 | 神明造 |
| 文化財 | 高岡城(日本の名城100選) |
| ご由緒 | 射水神社は、悠久の昔、二上神を奉斎して二上山麓に創建され、『延喜式』越中国三十四座で唯一の名神大社として、その御神威は広く朝野に知れわたり、越中国総鎮守の大守護神として崇敬されてきました。
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| ご利益 | |
| 体験 |

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