いなりきおうじんじゃ
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楽しみ方稲荷鬼王神社のお参りの記録一覧
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歌舞伎町の端のお社。鬼の名は全国唯一。
小さいけど、見所たくさん。

鳥居。目の前はいかにも歌舞伎町

お正月仕様の提灯

狛犬。オオカミみたい?

社殿。カラフルな千羽鶴。

天水琴。雨水の滴りが音を奏でる。聞き逃しました。。

恵比寿神社とかえる石。「無事かえる」を三度唱えました。

水琴窟。こちらは清らかな音色を聞けました。

眼球食鬼。ちょい怖め。目の患いにご利益。

御朱印。真ん中の印が堂々としてます。



【東京編 ⑤】
今年、最後の投稿😊
投稿を見てくださる方、いいねをしてくださる方、フォローしてくださってる皆様。今年も有難う御座いました😺
花園神社様から稲荷鬼王神社様へ何故か鬼王神社様にいらっしゃる『眼球食鬼』様に会いたくてお参りに行きました🙏🏻
ここのところ視力がかなり悪くなり乱視も進んでいて酷いので目の病気や目の平癒にご利益があると言われている眼球食鬼様が呼んでくださったのかな〜と思っています😊

通年御朱印

☆鳥居⛩️☆

☆鬼王神社の水鉢☆
鳥居近くにある石造の水鉢は、「鬼王神社の水鉢」として新宿区の有形文化財に指定されています。
江戸時代の造立とされ、しゃがんだ鬼の上に鬼よりも遥かに大きな手水鉢があるのが特徴です。力持ちというイメージの鬼がなんとも言えない顔で水鉢を支えていますが、その重さが伝わってくるような彫刻です。
この彫刻にも逸話があります。文政年間(1818年~30年)、元の持ち主が毎晩水鉢から水を浴びる音がしたので、鬼の背中を刀で斬りつけたところ、たちまち病気や災難に見舞われました。そんな祟りに困り、天保4年(1833年)に持ち主は神社へと奉納しました。それ以降、神社では毎日鬼の背中に水をそそいで介抱し、お参りする人も同じように水をかけるようになりました(現在は不可)。すると病気が平癒するなど、「鬼の祟り」から「福の神」になったという話があります。

参道に芽の輪がありました😊

☆狛犬様☆
明治35年(1902年)奉納
親獅子の髭に噛み付く子供を抱える阿の狛犬様と、玉に噛み付く子供を抱える吽の狛犬様


☆御拝殿☆
昭和43年(1968年)に再建。
鉄筋コンクリート造りの社殿
稲荷鬼王神社は鬼王権現を祀る全国で唯一つの神社です。
もとは承応2年(1653年)に福瑳稲荷を勧請したもので、天保3年(1832年)に当地の百姓田中清右衛門が熊野から勧請した鬼王権現と合祀した神社です。 江戸時代から豆腐を備えれば、湿疹・腫れ物に特効があるとされました。

稲荷鬼王神社には漁業の守護と商売繁昌•開運の神様、恵比寿神を祀っています。
恵比寿神は日本古来の神様。古来より福を表す「鯛」と、福を釣るという「釣り竿」を手に持っており、海の守護と商売繁昌の神様として親しまれています。
神社は遡ること1813年(江戸時代後期)、大久保村(神社近辺)の氏神「稲荷神」と、熊野(三重県)から勧請されていた「鬼王権現」を合祀して誕生しました。以降200年、近隣で信仰され続けてきた神社となります。なお三重県の「鬼王権現」は現存せず、日本唯一の「鬼王」と名を持つ神社となりました。
古代の鬼は「強さ」の象徴であり、決して悪者というイメージではありません。しかし近世(江戸時代)には既に悪いイメージを持たれていたようで、現在も「鬼」を神様とする神社は貴重です。
境内には目の病気を平癒させる鬼が居るなど、鬼を大切にしている神社です。

稲荷鬼王神社には「豆腐断ち」と「撫で守り」で知られています。「豆腐断ち」というのは神社に豆腐を奉納し、病気が治るまで豆腐を断ちます。その後、授与された「撫で守り」で患部を撫でると病気が治るという言い伝えです。
これは大久保村の百姓である「田中清右衛門」という人物が実際に豆腐を捧げて断ち、病気が治ったということが由来です。
田中新右衛門は熊野(三重県)の鬼王権現へ巡礼の旅をしていましたが、途中に病気にかかりました。夢の中で謎の老人に「鬼王大権現に豆腐を捧げ祈れ」と告げられます。実際に現地の鬼王権現に祈ったところ、病気が平癒したそうです。これに感謝し、大久保村へと持ち帰って稲荷神社と合祀。現在の稲荷鬼王神社となったとされています。
この時代、豆腐は貴重な栄養源でじた。一切食べないというのは、かなり厳しいことだったでしょう。現代でも当時のように「豆腐断ち」が実践されることがありますが、「麻婆豆腐」や「油揚げ」など家庭の料理で出てきそうなものも断たなければいけません。実際にお祈りを捧げる場合は注意しましょう。
稲荷鬼王神社は鬼のことを悪者や災いのように扱わず、「春の神」とみなしています。
従って節分の豆まきでは、掛け声を「福は内、鬼は内」として鬼を追い払わず福として招き入れています。

☆天水琴☆
平成16年(2004年)に設置されたもの。
社殿の屋根からの雨水を大きな甕に溜め、少しずつ地中にある水琴窟に注いで音を奏でる仕掛けになっています😊


☆恵比寿神社☆
恵比寿様の福財を積まれた恵比寿宝船が設置されています😊

☆鳥居の上の恵比寿宝船☆
文化年間(1804年〜1818年)、松平出雲守邸内から松平家の祈願所であった東大久保「二尊院」に寄進された御神像を祀ったもの。
鳥居をくぐるとき、「うみやまの 数のたからを大久保の 恵比寿おおかみ まもりたまえや」と唱えて大神様の福徳、御利益をいただきましょう😊
台風や風の強い日は撤去されている時もあります。

嘉永6年(1853年)「二尊院」が火災に遭ったため、当社社家の大久保氏が自宅に遷した後に当社の境内に祀ったものとされています。
別名開運恵比寿と呼び新宿山ノ手七福神の恵比寿神を担っています。


☆恵比寿神社の水琴窟☆
とても綺麗な音がします😊


☆眼球食鬼☆
社務所の横の参道を進むと富士塚の手前にいらっしゃいます😊
人の眼を浄化•救済する「眼球食鬼」と呼ばれ、「眼の病気」や「目の平癒」にご利益があるとされ、その姿は背中がカタツムリのようで足はキャタピラになっています。

口の中も目玉がいっぱい

☆富士塚☆
昭和5年に造られた富士塚は、現在参道を挟んで左右二分化という珍しいかたちをしています。

富士塚を超えると正面とは別の奥の鳥居があります。ここの鳥居をくぐることで富士山の参道を通ったことになります😊


神宮球場での野球観戦を終え、足を運んだのは歌舞伎町。目的地は稲荷鬼王神社です。繁華街の喧騒を抜けると、そこには本殿を中心に三島神社や浅間神社などの境内社が整然と鎮座していました。浅間神社の富士塚もありますが、見た限りでは実際に登ることはできないようです。稲荷鬼王神社の周辺で富士塚といえば、成子天神社(新宿区西新宿)や鳩森八幡神社(渋谷区千駄ヶ谷)が思い浮かびます。
境内は小さいながらも静かで落ち着いた空気に満ちています。社殿や狛犬の配置が巧みに計算されており、参拝していると時間を忘れてしまうほどです。また、境内には信仰の場にとどまらず、この地域ゆかりの人物に関する展示も設けられており、歴史と文化を同時に感じさせてくれます。その一人が島崎藤村。上京して最初に住んだのがこの地域であったとのことです。展示を眺めながら、思わず現代の価値観で「今なら賃料は相当高いだろう」と下世話な想像をしてしまいました。藤村といえば、東海道線大磯駅近くにも旧居跡があったことを思い出します。文学史に名を残す人物が、この新宿の片隅で生活していたという事実は、歴史をぐっと身近に感じさせてくれます。もう一人はラフカディオ・ハーン、帰化後の小泉八雲です。稲荷鬼王神社から靖国通りを渡ってすぐの場所には、小泉八雲旧居跡も残っています。小泉八雲といえば、その妻・小泉セツをモデルにしたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』がまもなく放送予定です。名を残した人物の妻を主人公に据えた朝ドラは、最近の『あんぱん』などもそうですが、まさか小泉八雲夫妻が題材になるとは、正直99パーセントあり得ないと思っていました。それだけに驚きもひとしおです。
私自身、小泉八雲を卒業論文で扱った経験があるため、思い入れは強くあります。だからこそ、このように地域と深く関わった人物たちを紹介し、参拝者に伝えている稲荷鬼王神社の取り組みには、心から敬意を覚えます。単なる神社という枠を超え、地域文化の継承や教育的役割も担う存在としての価値を、改めて実感させられる参拝となりました。
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25.6.21。東京メトロ副都心線「東新宿駅」A1出口より徒歩3分。新宿区歌舞伎町2丁目の区役所通りと職安通り(鬼王通り)交差点近くに鎮座。
御祭神 【稲荷様】
宇賀能御魂命
【鬼王様】
月夜見命
大物主命
天手力男命
創建年 天保2年(1831年)
【由緒】〜当社資料より抜粋〜
古来より、大久保村の聖地とされたこの地に、承応2年(1653)、当地の氏神とし稲荷神社が建てられました。宝暦年(1752)、紀州熊野より鬼王権現を当地の百姓 田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保2年(1831)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。
本日の新宿山ノ手七福神巡り②
疫を除き福を受ける鬼の王様の名を持つ全国で唯一つのお宮です。
日本一の繁華街の歌舞伎町にあるとは思えない程、一歩境内に入ると樹木もあり、静寂な落ち着いた雰囲気がありました。


表参道の鳥居

社号標

↓


参道

狛犬(右)

(左)


境内社 三島神社
別名 開運恵比寿
こちらが新宿山ノ手七福神に参画。

恵比寿神碑

鳥居

珍しいです。
扁額の上に宝船ですかね!

↓

水琴窟



本社 拝殿

狛犬(阿形)

(吽形)


↓


拝殿正面



本殿

裏参道の鳥居

奥に境内社 浅間神社と富士塚

社号石碑


眼球食鬼
上手く撮れてませんが、手に眼球があり、こちらを布で拭くと目の病いに御利益があるそうです。

社務所
直書きの御朱印を拝受しました。

リーフレット
次の箇所へ行く案内書として頂きました。ご親切な宮司様でした。

社務所隣に!


西向天神社から東新宿駅方向に戻り、歌舞伎町にある稲荷鬼王神社へ
裏の鳥居から入ったので、岩🪨のようなものがゴロゴロあり、奥へ進むと映画🎬のポスター看板
本当にここが神社??
と不安になりましたが、稲荷鬼王神社の名が入った三角コーンがあったので先に進むと、
小さな鬼👹の像がありました!
本殿もあり、もう一度表の鳥居から入りなおすと、手水舎はどこ??
鳥居の近所に井戸があり、境内社の恵比寿様に手水があったので、こちらかな~と
奥の鳥居のそばにある浅間神社の石碑と富士塚⛰️(最初の岩ごろごろ)を見てから
御朱印を頂く際の注意書きをしっかり読んでから本殿を参拝し社務所へ
宮司さまがいらしたので、ご説明を拝聴し、鬼王神社の御朱印を頂きました
ところで、大江戸線の東新宿のスタンプ、もしかして鬼王神社の水鉢が有名、、、
と参拝後に気づきました
=====
東新宿駅スタンプのデザインは、花園神社と稲荷鬼王神社水鉢で、
鳥居近くにある石造の水鉢は、「鬼王神社の水鉢」として新宿区の有形文化財に指定されているそうです

西向天神社から徒歩10分⛩️お稲荷様、鬼、恵比寿様、木葉咲夜姫と参拝に上がらせていただきました✨御朱印を授かりますと、お忙しくなければ宮司さんからご説明頂けて、境内を周りご説明頂けます🙏なぜ稲荷と鬼を祀られているのかとか、水琴窟やかえる石、眼球食鬼や富士塚のお話。特に、富士塚のお話が心に残りました、藤の花には災難から「無事」に身を守るという意味があります。なお、御朱印には「晴天」という字も書かれていますが、これには「心晴れ晴れと、天晴れな(立派な)仕事ができますように」という意味が込められています。戦前、このあたりには庭師や植木師が多くいらっしゃったのですが、そうした職人さんたちは木に登ったり、山に登ったり、大きな仕事のために遠方まで出向くことも多かったそうです。そこで、仕事や道中の安全を祈願し、お守りとして御朱印を身につけていたと。そして、無事に仕事が終わった後にお返しにくるということでした。また参拝に上がらせていただきたいと思います✨

富士塚の御朱印はお書き置きのみです✨

本殿✨向かって右手に水琴窟があります✨


眼球食鬼🙌手に持ってる眼球を撫でると目が良くなるそうです✨


富士塚

富士塚




水琴窟✨こちらは神様に聞いて頂くために水をかけるそうです。イタズラ防止のためかける場所を目立たなくしてあります


かえる石🐸水をかけて3回撫でて願います🙏







【初参拝と月参り 東京編 ②】
蔵前神社様からこちらも初参拝🙏🏻稲荷鬼王神社様へ行って来ました😆
鳥居の上の恵比寿宝船や鬼の手水鉢、やっと見に行けましたぁ
【稲荷鬼王神社】
鬼の福授けの神社として古くから信仰を集め、豆腐を奉納し治癒するまで「豆腐断ち」をする人のみ「撫で守り」という特殊授与品が授与される事でも知られる。
「鬼」というと私達はとかく悪いイメージをもちがちですが、古来、「鬼」は神であり「力」の象徴でもありました。又、「鬼は悪魔を祓う」といわれ、すべての災禍を祓う力があります。その為、鬼を祀ったり、鬼の名のつく社寺は全国に幾つもあります。しかし、その「鬼」の王様という意になる「鬼王」という名のある社寺は全国で当社のみです。この為、江戸時代は近在の農家の人達だけでなく、江戸から武士や商人•職人と多くの人が参拝にまいりました。現在では地図でみる新宿の中央にある唯一の神社としても注目を集め、全国から当社の御神徳を得ようとする方々が詣られております。
古来より大久保村の聖地とされたこの地に承応二年(1653年)、当所の氏神として稲荷神社が建てられました。宝暦二年(1752年)紀州熊野より鬼王権現(月夜見命•大物主命•天手力男命)を当地の百姓田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保二年(1831年)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。それ故、当社の社紋は稲荷紋と巴紋の二つがあるのです。紀州熊野に於いて鬼王権現は現存せず、当社はそれ故、全国一社福授けの御名があります。この鬼王権現は、湿疹•腫物を初め諸病一切に豆腐を献納し、治るまで本人或いは代理の者が豆腐を断ち、当社で授与される「撫で守り」で患部を祈りつつ撫でれば必ず平癒するといわれ明治十五年(1882年)頃まで社前の豆腐商数件がこの豆腐のみにて日々の家計を営んでいたといわれたほどでした。今日でも広く信仰されています。この信仰について江戸時代の『新編武蔵風土記』だけでなく、時代は下って文豪、永井荷風も書き記しております。尚、当社では『鬼王様』の御名に因み、節分時鬼を春の神として『福は内、鬼は内』を唱えます。
明治時代に旧大久保村に散在していた、火の神である火産霊神の祠や、盗難除けの神などの大久保村の土俗の神々が合祀されました。大祭は9月18日で、御輿はその前後の日曜•祝日に出御します。この宮御輿は鬼面の彫られた珍しいお御輿です。
江戸時代に既に特異な『鬼王』という名の神社を勧請するのに地元に抵抗感が無かったのは、この土地がー文書では残っていませんがー平将門公(幼名•鬼王丸)に所縁があったのではないかとも言われています。(頒布の資料より)

通年御朱印

☆鳥居⛩️☆

☆参道☆

☆狛犬様その1☆
上を向いてる狛犬様。狼だとゆう一節もあるようです。


☆御拝殿☆
昭和43年(1968年)に再建。
鉄筋コンクリート造りの社殿

【御祭神】
宇賀能御魂命
福招きの神 鬼王様(全国一社福授け)
月読見命•大物主命•天手力男命

☆扁額☆

☆狛犬様その2☆
明治35年(1902年)奉納
親獅子の髭に噛み付く子供を抱える阿の狛犬様と、玉に噛み付く子供を抱える吽の狛犬様

☆天水琴☆
平成16年(2004年)に設置されたもの。
社殿の屋根からの雨水を大きな甕に溜め、少しずつ地中にある水琴窟に注いで音を奏でる仕掛けになっています😊



☆恵比寿神社☆
恵比寿様の福財を積まれた恵比寿宝船が設置されています。

☆鳥居の上の恵比寿宝船☆
文化年間(1804年〜1818年)、松平出雲守邸内から松平家の祈願所であった東大久保「二尊院」に寄進された御神像を祀ったもの。
鳥居をくぐるとき、「うみやまの 数のたからを大久保の 恵比寿おおかみ まもりたまえや」と唱えて大神様の福徳、御利益をいただきましょう😊
台風や風の強い日は撤去されている時もあります。

嘉永6年(1853年)「二尊院」が火災に遭ったため、当社社家の大久保氏が自宅に遷した後に当社の境内に祀ったものとされています。
別名開運恵比寿と呼び新宿山ノ手七福神の恵比寿神を担っています。


☆邪鬼の手水鉢(力様)•力様の怪異の伝承☆
かつて加賀美某の屋敷内にあったとされ、文政年間(1818年-1830年)に毎夜のように水音が聞こえるという怪異が続いたと云う。
そこでこの手水鉢を斬りつけたところ、水音はしなくなったが、家人に不幸が続いたため、天保年間(1830年-1844年)に当社へ奉納したと伝わる。
怪しげな水音の正体は、この手水鉢の土台になっている鬼の仕業であるとされ、肩のあたりに斬りつけられた僅かな傷跡が残っている。
斬りつけた刀は「鬼切丸」という名が付けられ、手水鉢と同時に神社に納められたものの、その後盗難にあって行方知れずとなってしまった。


☆眼球食鬼☆

☆富士塚☆
「西久保の厄除け富士」として昭和5年(1930年)に築造されたもの。
元々は一つの富士塚でしたが、戦後になって参道で二分されており、左手に一合目から四合目。右手に五合目から頂上となっています。


☆御本殿☆

☆裏参道と鳥居⛩️☆

御朱印と授与品
鬼王さまの土鈴が可愛い😆

リーフレット

稲荷鬼王神社⛩にお参り。御朱印を頂いた際に【新宿山の手七福神めぐり】を勧められまして、人生初の七福神めぐりを急遽やってみることにしました。稲荷鬼王神社さんは«恵比寿神»はい!START①😊

恵比寿神と富士塚のものと計3種類ありました

«恵比寿神»様から始めます

※新宿区の中央にある唯一の神社(パンフレット)より


富士塚がありました。今は登れないそう
ナス🍆のお供えは何でだろう?
一富士二鷹三茄子の関係かしら





ネコがいました。人懐っこい🐱

いただいたパンフレット。イラストが可愛いし分かりやすかったです。


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