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楽しみ方熊野神社のお参りの記録一覧
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先日、現在頒布中の桜御朱印も頂いて、投稿済ですが、昨日雨上がりで散歩がてらお参りの際、その後隣接の新宿中央公園も歩いていたら、桜満開で(長いこと工事中で囲まれて立ち入り禁止でしたがm桜の開花に間に合ってよかった^ - ^)綺麗でしたので、熊野神社さんの桜は、まだ鳥居のあたりを見上げると開花始まったくらいですが、繋がって行けるので参考までに写真載せておきます。
ちなみに、公園の芝生エリアにも毎年早咲きの濃い目の大きなピンクの桜が満開ですが、真下を十人以上くらいで陣取って花見宴会中で、近寄れずでした。遠目にも撮っていませんが、毎年楽しみな桜でもあります…。雨の中から敷物敷いてやられていた様です。
熊野神社→中央公園→都庁周り
です。



-十二社熊野神社について-
十二社熊野神社は新宿、都庁の真ん前にあり、昔は大きな池がありました。
-歴史-
十二社熊野神社は、室町時代の応永年間(1394~1428)に中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州の熊野三山より十二所権現をうつし祠ったものと伝えられます(一説に、この地域の開拓にあたった渡辺興兵衛が、天文・永禄年間(1532~69)の熊野の乱に際し、紀州よりこの地に流れ着き、熊野権現を祠ったともいいます)。
鈴木家は、紀州藤代で熊野三山の祠官をつとめる家柄でしたが、源義経に従ったため、奥州平泉より東国各地を敗走し、九郎の代に中野(現在の中野坂上から西新宿一帯)に住むようになりました。
九郎は、この地域の開拓にあたるとともに、自身の産土神である熊野三山より若一王子宮を祠りました。その後鈴木家は、家運が上昇し、中野長者と呼ばれる資産家になったため、応永10年(1403)熊野三山の十二所権現すべてを祠ったといいます。
江戸時代には、熊野十二所権現社と呼ばれ、幕府による社殿の整備や修復も何回か行われました。
また、享保年間(1716~1735)には八代将軍吉宗が鷹狩を機会に参拝するようになり、滝や池を擁した周辺の風致は江戸西郊の景勝地として賑わい、文人墨客も多数訪れました。
明治維新後は、現在の櫛御気野大神・伊邪奈美大神を祭神とし、熊野神社と改称し現在にいたっています。
氏子町の範囲は、西新宿ならびに新宿駅周辺及び歌舞伎町を含む地域で、新宿の総鎮守となっています。-十二社熊野神社ホームページより
-境内-
境内には、鳥居が二つ、神楽殿、本殿、手水舎、末社の十二社弁財天、お稲荷さん、大鳥神社があります。
-駐車場-
ございません
-営業時間(社務所)-
9:00~16:30
-十二社熊野神社ホームページ-
https://www.12so-kumanojinja.or.jp/
-住所-
東京都新宿区西新宿2-11-2 (編集済)2026年3月10日 火曜日 20:52







出かけた帰りにお参りに寄りました。七五三御朱印が頒布されていたので、頂きました。
夕暮れ前に境内は、少しですが西陽が入って赤くなっていて、
十二社通り沿からの入り口の鳥居脇の大きな銀杏が色づき始めていました!
今日は見掛けませんでしたが、こちらで七五三のご家族を見かけると、自分自身の七五三詣りがこちらだったので、なんとなくリンクしてしまいます。
今時のお子さんたちのような、素敵な晴れ着は着なかったけれど、母が作ってくれたワンピースを着た思い出があります。まだ境内奥に滝があった時代です^ - ^:まだまだ都庁も高層ビルもなかった時代です^ - ^:
七五三の時期に,ここに来ると普段はしまっている懐かしいことを思い出します^ - ^
今月が酉の市もあり、こちらでは露店など一切出ませんが、社務所で手作りの可愛い熊手の授与があるので,今年も頂く予定です。
オマケの末尾3枚は、隣接の中央公園。公園からの都庁と、新宿ナイアガラの滝を入れて撮りました。
名前がナイアガラの滝!にしては、本当〜にコンパクトな、名前だけ大きいところも、昭和っほい(笑)





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