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楽しみ方八兵衛稲荷神社のお参りの記録一覧
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江戸時代に火事を起こしてしまった八兵衛さんがその事を悔いて、後の人生を江戸の消火活動に当たったこと。八兵衛さんが住んでいた家の跡に建てられた神社のようです。
災害が起きないよう、国内での醜い紛争がなくなるように祈願しました。
八兵衛稲荷神社は、江戸時代初期に当地に住んでいた八兵衛が失火を悔いて以来防火活動を続けていたことから、八兵衛の死後、八兵衛の住居地に八兵衛を祀ったといいます。
東京都神社名鑑による八兵衛稲荷神社の由緒
江戸時代初期、若松町の住民八兵衛の住宅に稲荷神社を創建。昭和二年社殿を改築、三の日を縁日とし賑わう。今次戦災にて全焼。(東京都神社名鑑より)
境内掲示による八兵衛稲荷神社の由緒
今を去る約二百六十年前徳川中期の頃当地に町人八兵衛と云う人が居りました。ある日自分の過失から火事を出してしまいました。八兵衛は近隣に迷惑をかけた事を悔い毎日毎夜町内を「火の用心」「火の用心」と廻って歩きました。
それからというものこの若松町には大きな火事がほとんどなくなりました。
八兵衛の死後町内有志が稲荷神社を建て八兵衛をまつったのです。
この事を伝え聞いた時の町奉行は将軍家に奏上し正一位を贈り八兵衛をたたえたのです。(境内掲示より)

若松河田町駅から感通寺さんにお参りに行き、駅に戻る途中に寄りました。
火防の神とのことです。
神社に掛けてあった『正一位八兵衛稲荷神社の由来』によると…
今を去る約二百六十年前、徳川中期の頃、当地に町人八兵衛をいう人が居りました。
ある日自分の過失から火事を出してしまいました。
八兵衛は、近隣迷惑をかけたことを悔い、毎日毎夜町内を「火の用心」「火の用心」とめぐって歩きました。
それからというもの、この若松町には大きな火事がほとんど無くなりました。
八兵衛の死後、町内有志が稲荷神社を建て八兵衛を祀ったのです。
この事を伝え聞いた町奉行は、将軍家奏上し正一位を贈り八兵衛をたたえたのです。
永々貯めた財宝を火事で灰にするよりも八兵衛の今も昔も変わらない心を意とされ、この社に御参詣下さり、尚一層の火の用心をどうぞ。
と記述されていました。
住宅地にある神社ですが、地域に大切にされている神社らしく、綺麗に管理されていました。

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