きしもじんどう (ほうみょうじ)|日蓮宗
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楽しみ方鬼子母神堂 (法明寺)のお参りの記録一覧
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次に本納寺から近い大鳥神社に… だった
のですがお祭りの準備とゆー事で御朱印
は書置き対応… なのでまた別の日に…
でっ向かったのが雑司が谷と言えば…
卍 豊島区 雑司が谷
"法明寺 雑司ヶ谷 鬼子母神堂"
日蓮宗のお寺、法明寺とは違う場所に
あり元は別のお寺だったらしー。後に
合併されたそー。
雑司が谷駅や鬼子母神前駅から鬼子母神
表参道を進んだ先。途中の"鬼子母神大門
ケヤキ並木"(pic4)は涼しげで歩くのが
気持ちいい。
カーブを曲がると境内の入口。左には
"大公孫樹"(pic3)。右には雑司が谷七福神
大黒天(pic2)が祀られている"大黒堂"。
土日には名物おせんだんごが販売される
とか。食べたかったぁlol
そして奥に"鬼子母神堂"(pic1)。お参り
して左側にある授与所へ。こちらで
4種類の御朱印、御首題が頂けます。
暑かったし時間も無かったのでゆっくり
出来なかったけど夏目漱石が眠る霊園も
含め、散策してみるのもいいかも。
因みに雑司ヶ谷、雑司が谷と表記がかわる
のは地名や東京メトロは「が」霊園や都電は
「ケ」となるそーですlol




23.07.02。先の金乗院さんより徒歩13分。豊島区雑司が谷3丁目にある日蓮宗法明寺の境外仏堂。
【由来と歴史】
当山におまつりする鬼子母神のご尊像は、室町時代の永禄4年(1561)5月16日、清士(現在の文京区目白台)の池の辺りより掘り出され、その後、東陽坊(後に法明寺に合併)という寺に納められました。
安土桃山時代の天正6年(1578)、『稲荷の森』と呼ばれていた当地に、村の人々がお堂を建てて今日に至っています。
現在の本殿は寛文4年(1664)、徳川4代将軍家綱の代に加賀藩主前田利常の息女で、安芸広島藩主浅野光晟(みつあきら)に嫁した自昌院殿心日大姉の寄進により建立され、その後現在の規模に拡張されています。
〜法明寺リーフレットより〜
都心の池袋からほど近い地にありながら、参道の欅、境内のイチョウの大木など緑も豊富で且つ、下町情緒もある癒され空間でした。
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【2023年初詣】
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年の正月も遠くには出掛けず、近所の寺社仏閣を巡って、地元の神様、仏様に無病息災をお願いして廻ります。
6社寺目は<鬼子母神堂>。(公式には「鬼」の字の一画目がない字を用いている)
JR山手線・池袋駅の南方1km(東京メトロ副都心線・雑司が谷駅の北方300m)ほどの住宅街の中にある、日蓮宗の威光山法明寺に属している堂宇。雑司が谷駅からだと、門前町商店街を楽しめる。
戦国時代の1561年に鬼子母神像が出現したことに始まり、江戸時代においては鬼子母神信仰が隆盛して、武家から諸民に至るまで信仰が広く浸透し賑わった。

境内東端入口全景。

入口にはかなりフォトジェニックな千本鳥居のある<武芳稲荷神社>があるなど、通常時だとちょっとした観光地として楽しめる。
今回は、本日最長の待ち行列に圧倒され、お賽銭は断念...(^_^;)

鬼子母神堂。
夜叉神の娘である鬼子母神が釈迦に諭され
安産・子育の神様になったという由来や、
貧しい娘が母親の病気が治るよう
お百度参りをした折、
お告げを受けて売り始めたという
参拝みやげの「すすきみみずく」など
その女性的で優しいエピソードに親しみを感じ
以前からずっと参拝を願っていました。
さて、夢叶いお堂へ着くと境内は
七五三シーズンともあり
ご祈祷を受ける家族連れに加え
只今黄葉真っ盛り、
推定樹齢700年の大いちょうを描こうと
スケッチブックを抱えた写生軍団が大集結。
まあ、大賑わいでございました。
それにしても日光を浴びてキラキラ輝く
大いちょうの美しいこと。
お子様の成長を願う家族連れの
楽しそうなこと。
境内に満ちた幸せな空気を胸いっぱい吸い込み
満ち足りた想いでお堂を後にしました。
ああ、いいお参りでした😌
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