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楽しみ方銀杏八幡宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年05月28日(金) 13時47分51秒
行きたかった銀杏八幡宮へやっと行けました^^
創建は不詳、大正12年(1923)9月の関東大震災で社殿が焼失する。御祭神を社殿にお祀りしたのは安永4年(1775)9月27日だが、当時境内には天空を覆ううっそうとそびえたつ大銀杏があり、その樹齢は300-400年と見られていたことから、御創立はそれ以前と考えられます。
本宮は、旧福井藩常盤橋松平氏の御屋敷の鎮守として祀られ、松平家はもとより家臣の崇敬を集め、武運長久・家運繁栄を祈願された。その霊験、日々あらたかにより各々ご守護あらせられ、明治維新廃藩置県を迎えた。
その後、いつとはなく松平家の領地に住む蛎殻町民の熱烈なる信仰により、郷土の氏神様となり、年々敬虔なる真心をもって祭祀を守り終戦となる。 戦後に祀職森田耕造、宗教法人令に基づいて宮委員会の決議をもって神道大教院所属「銀杏八幡宮」を設立、昭和21年12月15日更に宗教法人法による東京都知事より認証を得て現在に至った。
八幡宮を祀る神社は中央区で本宮が唯一の存在である。
尚、境内社の銀杏稲荷神社の創立は本宮創立の以前と思われる。
明治になって、文豪谷崎潤一郎は銀杏八幡のお神楽が月に一度の楽しみだったと「幼少の時代」で書いている。(境内掲示より)
創建は不詳、大正12年(1923)9月の関東大震災で社殿が焼失する。御祭神を社殿にお祀りしたのは安永4年(1775)9月27日だが、当時境内には天空を覆ううっそうとそびえたつ大銀杏があり、その樹齢は300-400年と見られていたことから、御創立はそれ以前と考えられます。
本宮は、旧福井藩常盤橋松平氏の御屋敷の鎮守として祀られ、松平家はもとより家臣の崇敬を集め、武運長久・家運繁栄を祈願された。その霊験、日々あらたかにより各々ご守護あらせられ、明治維新廃藩置県を迎えた。
その後、いつとはなく松平家の領地に住む蛎殻町民の熱烈なる信仰により、郷土の氏神様となり、年々敬虔なる真心をもって祭祀を守り終戦となる。 戦後に祀職森田耕造、宗教法人令に基づいて宮委員会の決議をもって神道大教院所属「銀杏八幡宮」を設立、昭和21年12月15日更に宗教法人法による東京都知事より認証を得て現在に至った。
八幡宮を祀る神社は中央区で本宮が唯一の存在である。
尚、境内社の銀杏稲荷神社の創立は本宮創立の以前と思われる。
明治になって、文豪谷崎潤一郎は銀杏八幡のお神楽が月に一度の楽しみだったと「幼少の時代」で書いている。(境内掲示より)
すてき
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コロナ禍になり、お寺や神社のような開放的な場所にいきたくなりました。行ってみると、妙な落ち着きを感じ、すがすがしい気持ちになりました。コロナ禍で発見した心地よい空間です。 今はお気に入りの神社...もっと読む
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