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小網神社のお参りの記録一覧
東京都 人形町駅

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ひでどらごん
ひでどらごん
2024年10月06日(日)1141投稿

すごい盛況ですね。十年前と大違いで驚きました。

小網神社は、東京都中央区に位置し、歴史的な背景と豊かな信仰を持つ神社です。かつて武蔵国豊島郡入江の地には、恵心僧都が開基した「萬福庵」があり、そこには観世音と弁財天が安置されていました。この庵の建立は約一千年前とされ、現在の小網神社の起源にあたります。

●疫病との戦いと神社の創建

文正元年(1466年)、周囲で悪疫が流行していた時、網師の翁が稲穂を持って庵を訪れ、数日間を過ごしました。その夜、恵心僧都が庵主の夢に現れ、翁を稲荷大神と崇めるよう告げました。翌朝、翁の姿は消えていましたが、庵主はその託宣を村人たちに伝え、小網稲荷大明神として神社を創建。祈願の結果、村の疫病は鎮まり、住民は喜びを持ってこの神を崇拝するようになりました。
領主の太田持資公(道灌)もその御神徳を称え、土地を寄附して「小網山稲荷院萬福寿寺」と名付けたと伝えられています。慶長年間には、この信仰を背景に周辺地域が小網町と名付けられ、当神社は氏神として崇められました。

●明治維新と社名の変遷

明治維新後の神仏分離令により、社寺が分離され、小網稲荷神社として明治6年に村社に指定されました。現在の社殿は、大正期に内藤駒三郎宮大工一門により造営され、昭和4年に完成しました。戦後の宗教法人化に伴い、社名は「小網神社」と改められ、現在は日本橋地区に残る唯一の戦前の木造神社建築として文化財に登録されています。

●強運厄除の神としての信仰

小網神社は、「強運厄除の神さま」として広く知られています。特に、第二次世界大戦中の出征奉告祭では、御守を受けた兵士全員が無事に帰還したというエピソードがあります。また、東京大空襲の際にも、境内の建物は奇跡的に戦災を免れたとされています。

●弁財天と銭洗いの井

神社内には、「萬福舟乗弁財天」が祀られており、毎年10月28日には大祭が行われます。この弁財天は、恵心僧都が開基した萬福寿寺から遷座されたもので、境内の「銭洗いの井」で金銭を清めると、財運が授かると信じられています。現在では「東京銭洗い弁天」として、多くの参拝者に親しまれています。

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