だいきょうじ(しばまたたいしゃくてん)|日蓮宗|経栄山
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楽しみ方題経寺(柴又帝釈天)のお参りの記録一覧
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『京成×京急16寺社御朱印めぐり』京成線7ヶ所目にお参りさせていただいたのは”フーテンの寅さん“で有名な柴又にある題経寺様へ初参拝です🙏🏻
★題経寺★
経栄山題経寺(日蓮宗)は、寛永年間(1629年)に開基され、開山上人は下総中山法華経寺第十九世•禅那院日忠上人です。その弟子である第二世題経院日栄上人が、実際の開基となりました。
画像の所に書かせてもらっているのですが、天明三年、大飢饉と大疫が蔓延し日敬上人は、「災難に遭って苦しむ人々を救うのは今である」と、板本尊を自ら背負って江戸をはじめ下総国の各地を巡られました。
本尊から感得した一粒符を多くの病者に施し、本尊を拝ませて、不思議な御利益を授けられたと伝えられています。とホームページに載っていたのですが、この事が千葉県に日蓮宗様の寺院様が圧倒的に多い事に繋がったのでしょうか?
千葉県584寺院、東京都439寺院、山梨県414寺院。
あとは100寺院以上が数県で50寺院以下が殆どのようです。

☆御朱印☆
帝釈天 柴又の帝釈様として、古くより信仰 を集める当山のご守護神
毘沙門天 柴又七福神、帝釈天をサポートする四天王の一
喜見城 帝釈天が住むお城。帝釈堂を喜見城に見立ています

☆帝釈天参道☆
草団子屋さんがたくさんありました🍡


☆二天門☆
明治30年に落成した二天門は、名人坂田留吉棟梁の技術の粋を尽くし仕上げられた山門です。
桝組は三手先、扇タルキの見事な出来栄えは、帝釈天の建造物の中でも特に優れていると言われています。
帝釈天には配下である4体の神々がおり、総称して「四天王」と呼ばれます。2体は帝釈堂内殿に鎮座し(毘沙門天・持国天)残りの2体(増長天・広目天)が当門に鎮座されていることから「二天門」と呼ばれます。それぞれが東西南北の方位を司り、当寺をあらゆる方向から守護し、怨敵の難を退けています。

☆帝釈堂☆
仏教の守護神である「帝釈天」を、独立した本尊としてお祀りする非常に珍しいお堂です。日蓮聖人親刻と伝わる帝釈天板本尊を安置した帝釈堂は、明治末期から昭和初期にかけて、名人坂田留吉棟梁によって仕上げられた総欅造り。内殿は帝釈天が住む須弥山喜見城の世界観を表現し、拝殿は釈尊御一代の木彫刻を通して仏教の信仰を今日へと伝えるなど、まさに当山の山号である「経栄山」にふさわしい工夫は、入念の彫刻作品とともに無類の文化財となっています。

☆板本尊の出現☆
昔より日蓮聖人御親刻と伝えられる帝釈天のご本尊が安置されていましたが、江戸中期に一時所在不明となっていました。
安永年間に至り、当山第九世亨貞院日敬(こうていいんにちきょう)上人は、お堂の荒廃を嘆き、その復興を計りました。
すると安永八年(1779年)の春、本堂改修中に梁の上からこのご本尊が見つかり、ついにご本尊の再来という大きな法悦を得ることができました。その吉日が庚申の日であったことが、当山と庚申との結縁の始まりとなったのです。
日敬上人は、自ら誌した略縁起の中で次のように述べています。
「本堂棟上より出現した本尊は、長さ二尺五寸、 幅一尺五寸、厚さ五分の板で、形に似ずまことに重く、且つ堅く媒塵に汚れて、よく判らなかったが、水でよく清めたところ、片面は日蓮聖人の真刻、病即消滅本尊の形木、片面は帝釈天王の像である。これこそ疑うべくもなく、当寺相伝の祈祷本尊である。」
日敬上人は、この出来事に非常な驚きと悦びを記されています。

この御本尊の片面には、中央に「南無妙法蓮華経」のお題目が記され、その両脇には法華経•薬王品の一節である「この経はこれ閻浮提《仏教で全世界のことを言う》の人の病の良薬なり、 もし人病あらんに、この経を聞くことを得ば、病即ち消滅して不老不死ならん」という経文が彫られています。
もう一方の面には、右手に剣を持ち、左手を開いた忿怒のお姿の帝釈天御本尊が刻まれています。
これは悪魔降伏のお姿であり、すなわち私たちが仏の教えを信じ、従うならば、もし病難や火難、その他あらゆる災難に遭遇したとしても、帝釈天が必ず守護し、悪魔を退散させてくださるという意味を表しています。
世は安永九年で終わり、次いで天明の時代となり、やがてあの大飢饉と大疫が蔓延した天明三年を迎えました日敬上人は、「災難に遭って苦しむ人々を救うのは今である」との強い思いを抱き、この板本尊を自ら背負って江戸をはじめ下総国の各地を巡られました。
そして、本尊から感得した一粒符を多くの病者に施し、本尊を拝ませて、不思議な御利益を授けられたと伝えられています。


☆祖師堂(本堂)☆
現在の帝釈堂の完成にあたり、旧帝釈堂を移し、祖師堂(本堂)としたものです。内陣中央に大曼荼羅御本尊、宗祖日蓮聖人を安置し、一切衆生の菩提を弔うお堂として日夜朝暮に題目が響きわたっています。




祖師堂から釈迦堂へ続く回廊にある彫刻

堂内は撮影禁止なので外だけ撮らせていただきました。

☆大鐘楼☆
昭和28年から昭和30年までの満2年6か月の期間をかけて完成したもので、工事に当った職人は延人員にすると1万2千人。高さは地上15メートル。木材は全て欅が使われています。
四手先の豪壮な枡組と、日蓮聖人の御生涯を中心に全体に亘って木彫を配し荘厳されたその造りは、鐘楼堂建築としては関東においてこれに比べるものはないと言えるものです。
朝夕、その美しい音を響かせる梵鐘は、雅楽黄鐘調と言われ、梵鐘研究の権威として知られる青木理学博士が「昭和の名鐘である」と保証したほどのものです。

☆浄行菩薩☆
久遠の本仏の御使いとして、大地の底から湧き出て来られた4体の菩薩の一方です。地水火風の四大の内、水大を現わすこの菩薩は、この世の中を真に浄化し、ここに住む人々の罪や穢れを洗い清めて下さる方です。
参拝の折は、備え付けのタワシでご自身の体の悪い箇所を擦り、心身ともに清めます。

☆御神水☆
寛永の昔、題経院日栄上人が、松の根方に霊泉が湧くのを見て庵を作ったのが当山のはじまりで、この時の松というのは今の瑞龍の松、霊泉というのが今の御神水のことです。
信仰のお水として毎朝汲みに来られ、ご自宅の神仏にお供えされる方も大勢いらっしゃいます。

おみくじ
音楽が鳴り獅子舞が動いてましたぁ

☆釈迦堂(開山堂)☆
当山で最古の建物です。文化•文政の頃の建築様式が見られる貴重な建物で、中央に霊宝、立像の白鳳期釈迦牟尼仏を安置しています。又、当山を開かれた題経院日栄上人の御木像を奉祀してあることから、開山堂とも呼ばれています。



☆南大門☆
昭和57年に完成したもので、祖師堂(本堂)へと至る参道門となっています。


柴又帝釈天•題経寺を参拝しました!
こちらで2025年最後の参拝となりました🙏
京成電鉄•京成金町線 柴又駅を降りますと、もう寅さんの世界です!
柴又駅を降りますと、寅さん像、さくら像がありまして周りは凄い人で賑わっていました😱
映画などで有名な名所ですが、今回初めて
参拝しました。
柴又駅から参道と帝釈天の玄関口の二天門へ続く道は真っ直ぐお土産屋さんなどが、たくさん並んでまして柴又駅からは迷わず辿り着く事が出来ました。
参道からは、お煎餅や、お団子などの美味しそうな香りが漂ってまして、高木屋老舗さんにて草団子を購入しました!
餡子も甘過ぎず、草餅も弾力があり、とても美味しくいただきました😊
柴又帝釈天は日蓮宗のお寺で日蓮上人が自ら刻んだ帝釈天の板本尊が御本尊です。
寅さんの産湯にも使われたと言われている
御神水など他にも見所がたくさんあったのですが、年末の凄い混雑で御本堂に上がらせていただき、御本堂と帝釈堂を参拝させていただき、帝釈堂にて十二月限定の🦉ふくろうの切り絵の御朱印をいただきました😊
御朱印帳へのお書き入れは、年明けから、節分までは、書かれて居ないそうで、現在は書き置きの御朱印、切り絵の御朱印のみの頒布だそうです。


京成電鉄 京成金町線 柴又駅にて
寅さん映画のワンシーンの場面がホームの柱にあります😊

京成電鉄 柴又駅

寅さん像 さくら像

この辺りから、おせんべい🍘やお団子🍡の美味しそうな香りが漂ってました☺️

帝釈天参道から二天門へ
高木屋老舗さんにて草団子を購入しました!


柴又帝釈天 二天門

帝釈堂の外側から参拝の行列が出来ていました



奥が帝釈堂です

御本堂入口

御本堂へ上がらせていただいて、参拝しました!
年末の参拝でしたので、大晦日の案内が
出ています

御本堂から帝釈堂への通路の彫刻



御本堂内にて御朱印をいただきました!
十二月限定のようです
ふくろうの切り絵御朱印をいただきました!

映画「男はつらいよ」でお馴染みの柴又帝釈天に参拝しました。正式名は経栄山題経寺と号し、日蓮宗の寺院になります。寛永年間、禅那院日忠上人の開山で、実際にはその弟子である日栄上人の開基となりました。
当山には日蓮聖人の彫刻された帝釈天の板本尊があると伝えられていましたが、中世にその所在が不明となっていました。しかし第9代日敬上人の代、本堂修理の際に棟の上より発見されました。それが安永8年(1779)春、庚申の日だったことから「庚申」を縁日と定めました。これが「庚申待」の民間信仰と結びついて、今日の盛んな信仰へと受け継がれてきたといいます。
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この日は、題経寺のお庭である『邃渓園』が東京都指定の名勝となられた御祝の舞奉納があり、それを拝見したくて参拝に来ました。奉納の前に大客殿で御祈祷が行われ、久しぶりに妙法蓮華経を耳にしましたが、日蓮宗の御祈祷はやはり迫力があって好きです。
そして、これは私事ですが⋯
昨年末のホトカミオフ会で、中山法華経寺の大荒行堂にて、長野県伊那市にある三澤寺の武田住職に御祈祷をしていただきました。その武田住職はここ柴又帝釈天で修行をされていて、その功徳により帝釈天様のご尊影を賜っています。
この日の参拝は舞奉納がきっかけで来たと思っていましたが、そのベースには武田住職と帝釈天様のご縁とお導きがあったんだなぁと感じました。

『二天門』

『帝釈堂』
帝釈天を独立した本尊としてお祀りする非常に珍しいお堂。日蓮聖人親刻と伝わる帝釈天板本尊を安置しています。
堂内では御朱印をいただけます。

邃渓園舞奉納のポスター

『御神水』


『祖師堂』

『釈迦堂(開山堂)』


この御念珠は、武田住職が荒行修行中に使用していた数珠を解体し、それを陰陽五行になぞらえて配置されたものです。これが届いたのがこの日の前日で、この御念珠をつけて初めて寺社参拝に向かった先が柴又帝釈天です。これは偶然とは思えませんでした。この御念珠は一生大事にしたいと思います。

これは今年の8月に神田明神の資料館で撮影したものです。(撮影OKのエリアです)
この時は柴又帝釈天のご尊影とは知らずにただ無性に気になったので撮りました。すでにご縁が繋がっていたのですね😊


『彫刻ギャラリー』
拝観料400円で彫刻ギャラリーと庭園どちらも見ることができます。











『邃渓園(すいけいえん)』
昭和4年から40年に渡る年月をかけて完成した日本庭園です。


大客殿で御祈祷をしたあと舞奉納を拝見しました。




とても広いお寺で、境内には立派な松の木がありました。
私も松にあやかり、我が家の健康長寿と仕事の末広がりを祈願しました。
memo
第3火曜日は『寅さん記念館』がおやすみ。



圧巻の熊手です。

木村拓哉さんも訪れた柴又です。


高木屋本舗さんの女将さんが優しくて素敵でした。真心がこもったお団子のお茶に寒さも吹き飛びました。


金のうんち💩 宝くじが当たったと聞き、
家族分もお土産に買いました♡
当たりますように🎯




年初以来の柴又帝釈天・題経寺への訪問。今回は書入れの御首題を拝受いたしました。寒くて風の強い日でしたが、さすがは観光地、賑わっていましたね。

書入れの御首題。

京成柴又駅からの訪問です。

京成柴又駅前にある寅さん像。左足を撫でると御利益があると言われ、観光客等がたくさん撫でるので、左足が光っているそうです。

同じく、京成柴又駅前にある、寅さんを見送るさくら像。

帝釈天の参道。

境内入口の二天門。


帝釈堂。御朱印や御首題帝釈堂の中で頂くことができます。

本堂。

釈迦堂。

境内案内図。

御首題とともに頂きました。
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