せんじゅもとひかわじんじゃ
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楽しみ方千住本氷川神社のお参りの記録一覧
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赤坂氷川神社様から氷川神社つづきで千住本氷川神社様へお参りに行きました😊
【千住本氷川神社】
天照大神の弟神で八頭蛇退治で知られているように智•仁•勇の御徳を具えられた神である。徳治2年(1307年)に下総国千葉氏が、牛田に千葉山西光院と共に氷川社として創建されたと伝えられている。
江戸初期に現在地に千葉氏の一族であった。権の兵衛(小林氏)等、地主が土地奉納によって分社を建立した。明治43年隅田川の洪水を防ぐ為、千住町北側に荒川放水路構築、この用地に鎮座の氷川柱を分社に合祀す、別当寺の西光院は放水路南、隅田川添いに移築、共に現在に至る。旧社殿は日光東照宮造営に奉仕した大工が建立したと伝えられているが、棟札等は判明していない。
本殿等方一間で流れ作り側面に小鍛冶の超克拝殿は五坪千鳥破風唐破風の向拝に頭貫虹梁部分に流や鳥数の彫刻あり入母屋造り、昭和45年に鉄筋コンクリート銅板葺き社殿を新築した。
旧社殿は拝殿を撤去、向拝部分を本殿上屋に接続し改築して末社とし三峯神社(火防の神)、久須志神社(医薬の神)、大黒天(招福正成就)が祀られている 区の文化財指定となっている。
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過去の参拝記録です。訪れたのは2024年2月11日。JR北千住駅西口から徒歩10分ほど。住宅街を通り抜けた所にある落ち着いた雰囲気の神社です。御祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)。徳治2年1307)に下総国千葉氏が、牛田に千葉山西光院と共に氷川社として創建されたと伝えられています。
千住町が宿場町として栄え始めた江戸初期、現在地に地主の土地奉納によって分社を建立した。明治四十三年荒川放水路構築の折、牛田氷川神社を合祀しました。境内には合祀された後の新しい社殿とともに、旧社殿も残されています。
節分も過ぎ、境内の白梅がちらほらと開花しており、日差しも柔らかく穏やかな雰囲気。千住七福神のひとつ、「大黒天」様にもお参りした後、社務所にて書置きの御朱印を頂く。可愛い鬼のイラスト入りの季節限定御朱印でした。
意外だったのが、境内にあった「ラジオ体操発祥の地」の大きな石碑。この神社の境内で毎朝ラジオ体操をやり始めるようになってから30周年を記念して出来たものらしい。それが足立区内では最初だったそうで、納得です。何でも長年毎日継続するのは大変な事ですね。頭がさがります。
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千葉氏により創建。旧社殿は日光東照宮造営の際、奉仕した大工の手によるものですが、棟札は残っていません。現在は、旧本殿が末社の社殿となっています。
旧社殿は拝殿を撤去、向拝部分を本殿上屋に接続し改築して末社とし三峯神社(火防の神)久須志神社(医薬の神)大黒天(招福正成就)が祀られています。
小さな神社ですが境内は広くスペースがとられているため清々しい気持ちになれます。ベンチもあるのでちょっと休めたりもします。
こちらの神社へは、Googleナビで番地を入力して住所検索をするととんでもないところに連れて行かれてしまうので注意が必要です。ずいぶん昔からなのですが、Googleナビは北千住の住所の番地を包括していません。なぜだかわかりませんが。。。検索する時には住所ではなく、「千住本氷川神社」と神社名で検索するとよいでしょう。ちなみにホトカミの地図は間違っていますのでこちらの地図を見て行くと辿り着けません。神社に駐車場はありません。神社の近くは道も狭く人通りも多いので、駅近くのコインパーキングに停められるのがいいかと思います。御朱印は神社の御朱印の他、大黒天の御朱印もいただけます。

千住神社巡り②千住神社から車で通るのが憚れるような商店街の細い道を進み、神社前に到着。事前の調べでは2台程の駐車場があるとのことでしたが、実際は軽2台と思われます。幸運にも駐車することが出来ました。大きな神社ではありませんが、鳥居から旧社殿への参道は私好みです。最初はこちらが本社だと勘違いしていました。改めて拝殿に向かい参拝。拝殿の前の狛犬に何やら梅の輪っか。気になります!社務所で宮司様がいらっしゃり、本来は書き置きの処、書き入れて頂きました。先の狛犬の件は深い意味は無く、若い参拝者の為、インスタスポットになればとのことでした。お茶目で気さくな宮司様でした。境内の銀杏から取れたぎんなんを彩色した開運銀杏も戴きました。
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