せんじゅもとひかわじんじゃ
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楽しみ方千住本氷川神社のお参りの記録一覧
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足立区千住に位置する千住本氷川神社。その歴史は徳治2年(1307年)にさかのぼり、千葉氏によって牛田に氷川神社として創建されました。江戸時代初期には、当地の地主によって分社が建立され、現在の位置に移転したとされています。さらに、明治43年(1910年)には荒川放水路の建設に伴い、牛田氷川神社が合祀されました。
●祭神と境内の特色
この神社の祭神には、素盞嗚尊(すさのおのみこと)が祀られています。また、千住七福神の一つとして大黒天も奉納されています。境内には、久須志神社、稲荷神社、三峯神社の3つの社があります。
●旧社殿の美しさ
千住本氷川神社の旧社殿は、足立区の有形文化財に登録されています。向拝は千鳥破風と唐破風が二重になっており、頭貫や虹梁には美しい彫刻が施されています。特に小鍛冶や鞍馬天狗の彫刻が特徴的です。
本殿は木造で、流れ造りの形式を持ち、屋根はこけら葺きで美しい曲線を描いています。社殿の細部にわたる職人技が光ります。
●地域の祭りと行事
千住本氷川神社では、毎年9月頃に例祭が行われます。この祭りは、交通安全や受験合格を祈願する重要な行事であり、夜にはお神輿が担がれます。
また、境内では毎朝6時半からラジオ体操が行われており、これは昭和27年から続く伝統行事です。

今日はこちら近くでの仕事です
昨年伺った時はまだ御朱印の事も知らず
初めての人力車に乗って
お参りもせず写真撮影だけするという
なんという失礼な事をしておりました
これも仕事の内だったんだけど
改めてお参りさせて頂きました
とても落ち着いた雰囲気の神社で
居心地が良かったです
駅から少し離れているので
こういうご縁がなければ来れなかったな
人との繋がりを大切に精進してまいります
本日の御朱印は書置きの旨のぼりがあり
社務所を覗くと書きますよ〜とお声掛け下さり
それなら是非とお書き入れして頂きました
夏詣の書置き御朱印も素適で
とても惹かれたのですが
またの機会のお楽しみにしたいと思います



赤坂氷川神社様から氷川神社つづきで千住本氷川神社様へお参りに行きました😊
【千住本氷川神社】
天照大神の弟神で八頭蛇退治で知られているように智•仁•勇の御徳を具えられた神である。徳治2年(1307年)に下総国千葉氏が、牛田に千葉山西光院と共に氷川社として創建されたと伝えられている。
江戸初期に現在地に千葉氏の一族であった。権の兵衛(小林氏)等、地主が土地奉納によって分社を建立した。明治43年隅田川の洪水を防ぐ為、千住町北側に荒川放水路構築、この用地に鎮座の氷川柱を分社に合祀す、別当寺の西光院は放水路南、隅田川添いに移築、共に現在に至る。旧社殿は日光東照宮造営に奉仕した大工が建立したと伝えられているが、棟札等は判明していない。
本殿等方一間で流れ作り側面に小鍛冶の超克拝殿は五坪千鳥破風唐破風の向拝に頭貫虹梁部分に流や鳥数の彫刻あり入母屋造り、昭和45年に鉄筋コンクリート銅板葺き社殿を新築した。
旧社殿は拝殿を撤去、向拝部分を本殿上屋に接続し改築して末社とし三峯神社(火防の神)、久須志神社(医薬の神)、大黒天(招福正成就)が祀られている 区の文化財指定となっている。
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過去の参拝記録です。訪れたのは2024年2月11日。JR北千住駅西口から徒歩10分ほど。住宅街を通り抜けた所にある落ち着いた雰囲気の神社です。御祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)。徳治2年1307)に下総国千葉氏が、牛田に千葉山西光院と共に氷川社として創建されたと伝えられています。
千住町が宿場町として栄え始めた江戸初期、現在地に地主の土地奉納によって分社を建立した。明治四十三年荒川放水路構築の折、牛田氷川神社を合祀しました。境内には合祀された後の新しい社殿とともに、旧社殿も残されています。
節分も過ぎ、境内の白梅がちらほらと開花しており、日差しも柔らかく穏やかな雰囲気。千住七福神のひとつ、「大黒天」様にもお参りした後、社務所にて書置きの御朱印を頂く。可愛い鬼のイラスト入りの季節限定御朱印でした。
意外だったのが、境内にあった「ラジオ体操発祥の地」の大きな石碑。この神社の境内で毎朝ラジオ体操をやり始めるようになってから30周年を記念して出来たものらしい。それが足立区内では最初だったそうで、納得です。何でも長年毎日継続するのは大変な事ですね。頭がさがります。
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