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静勝寺のお参りの記録(1回目)
東京都赤羽駅

投稿日:2026年01月28日(水) 03時38分01秒
参拝:2026年1月吉日
静勝寺(じょうしょうじ)は、東京都北区赤羽西1丁目(旧豊島郡稲付村)にある曹洞宗の寺院。
当寺院を含め元々当地一帯は稲付城(いねつけじょう)と呼ばれていた城があったところと言われている。一説によると、戦国時代に太田道灌が築城したと伝わっている(扇谷上杉氏によるとの説もある。ただ、太田道灌は扇谷上杉氏の家臣だったので、少なからず関わっていたと言われている。
道灌の孫である太田資高およびその子太田康資が、2代にわたり当地に館を築いていたが、その後に稲付城は後北条氏のものになり、後北条氏滅亡後は江戸に入った徳川家康の命により廃城になったとされる。
静勝寺の由来は太田道灌の死後、道灌の師・雲綱和尚が1504年に、城の一角に彼を弔う堂を建立して道灌寺としたことにはじまる。その後に明暦元年(1655年)、道灌の子孫の太田資宗が堂などを整備して中興、道灌とその父・太田資清の法号によって寺号を自得山静勝寺と改めたと言われている。江戸時代を通じて、静勝寺は太田氏の菩提寺とされ、道灌堂(太田道灌像を祀る堂、1715年建立)、旧本堂(現在の弁天堂、1694年建立)などを造営するなど深くかかわっていた。
関東大震災後の1928年に、現在の本堂が完成した。観音堂は2007年に建立された。
稲付城跡を含め、当寺院一帯は東京都の史跡になっている。

これまた、Googleマップのせいにしてしまうが、指示された場所が山門ではなかった為、第一声
「お城みたいな造り♪」
だった。
その後、入口に行き、元々はお城であったことがわかったのだが。
これまた言い訳になってしまうが、先週は自宅のWi-Fiが繋がらず、パソコンが10分くらいで切れるという不具合。きちんと予習もしないままに行ってしまったのだ。
太田道灌の像は命日の7月26日にちなみ、26日にお堂が開かれて拝観できるのだそうだ。ああ、24日に行ってる。。。

けれども、予備知識なしに行ったことでの感動もあったような気もする。
もちろん、禅寺としてのお寺の静けさ、整えられた庭。それもあるのだが、お城みたい!と感動したのが、そのまま元は、お城だったというオチなど。

この辺りは、他にも武家屋敷みたいな建物が幾つか残っており、太田道灌が関東を治めた様子が窺えた。
7月26日には又行こう。

寒松や 道灌居城 禅を聴く
静勝寺(東京都)
静勝寺(東京都)
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静勝寺(東京都)
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すてき

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