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ななしゃじんじゃ

七社神社のお参りの記録一覧
公式東京都 西ケ原駅

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よしくん(ホトカミ運営代表)
よしくん(ホトカミ運営代表)
2025年07月07日(月)1059投稿

【令和7年7月7日】渋沢栄一さんが大切にした七社神社さんでサポーターさんの幸せと健康を御祈願

いつもホトカミを応援いただき、
ありがとうございます。

代表の吉田です。

ホトカミでは、
毎月500円以上応援いただいているサポーターさんの
幸せと健康を全国の神社寺院でご祈願しています。

↓サポーターについて↓
https://hotokami.jp/subscription/landing_page/

令和7年7月7日は、
東京都北区にある七社神社(ななしゃじんじゃ)さんにて
ご祈祷していただきました。

7.7.7のラッキースリーセブンの日に、
さらに、七社神社さんの7を加えて、
7.7.7.7でスーパーラッキーフォーセブンです🎋

■渋沢栄一さんが大切にした七社神社
七社神社は北区西ヶ原の総鎮守です。

高野山四社明神に、
伊勢・春日・八幡を合わせた
七柱を祀ることが名の由来とされているそうです。

旧古河庭園隣にある真言宗豊山派の無量寺境内から、
神仏分離の明治二年に一本杉神明宮のある現在地へ遷座(お引越し)。

一万円札の顔・渋沢栄一さんは、
明治十二年に西ヶ原へ移住し、
七社神社の氏子となりました。

正面に掲げられた扁額も渋沢栄一の直筆です。

境内には揮毫掛軸や「枯松を祭る文の碑」など、
今も渋沢栄一さんの足跡が色濃く残っています。

■時代に合わせて表現方法を工夫
 インターネットでのご祈祷申し込み

ご祈祷のネット申し込みが
とても簡単でした。

神主さんは、もともと十数年前、
大きな神社さんで
奉仕されていました。

しかし、急遽ご実家でもある
七社神社さんへ戻ることになりました。

当時は、近所の方のお参りのみだったそうです。

そこで、大きなお社での
インターネットの経験を活かし
ご祈祷の申し込みができるようにしたり、

季節に合わせた御朱印など、
さまざまな工夫や取り組みで、
今ではたくさんのお参りになったそうです。

明るいお話を聞けて嬉しかったです。

■ホトカミ初投稿は七社神社さん
ホトカミには、
これまで累計55万も投稿が
全国から集まっています。

2017年1月に、
初めてホトカミに投稿したのが、
七社神社さんでした!

URLの番号が11となっています。

テストを終えて、
初めて投稿されたのが、
七社神社さんだったのです。
https://hotokami.jp/area/tokyo/Hkrmr/Hkrmrtr/Darzk/130766/11/

■七夕に七夕っぽいことをしたい
自分のLINEを
「七夕」と検索してみると、

2016年7月6日に、神主さんの友人に、
「近所の神社などで七夕らしいことがしたい。」
「神社のデータベースはあるんですか?」と質問していました。

そして、2016年9月頃、
全国の神社お寺を検索できる
サービスを始めよう!ホトカミだ!と決めて、
今に至ります。

9年経って、
令和7年7月7日は、
全国の神社お寺で、
七夕らしく過ごせた方が
たくさんいたことが、
ホトカミの皆さんの投稿を
見ていても伝わってきました。

ホトカミを始める前の僕の願いが叶っていました。

🎋皆さんの願いも叶いますように🎋

そんな想いで、
サポーターの皆さんの
幸せと健康を祈願しました。

ホトカミでは、
毎月500円以上応援いただいているサポーターさんの
幸せと健康を全国の神社寺院でご祈願しています。

↓サポーターについて↓
https://hotokami.jp/subscription/landing_page/

※社殿の内部などの写真は、
神主さんに特別な許可をいただき、
撮影しました。一般では禁止です。

七社神社(東京都)

令和7年7月7日の御朱印

七社神社(東京都)

かさね御朱印です!

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みきてぃ
みきてぃ
2025年02月24日(月)656投稿

参拝記録⛩️渋沢栄一ゆかりの社へ参拝して来ました✨

七社神社(東京都)

御朱印は2種類で、かわいいしおりが付いてました✨かわいいシールも購入✨

七社神社(東京都)

お守りもかわいいのがたくさんありました✨

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malice
malice
2024年12月28日(土)836投稿

【東京•埼玉南北線 ⑤】
駒込から南北線で一駅、西ヶ原にある七社神社様へ初めての参拝です😊
ここ七社神社様は新一万円札、渋沢栄一ゆかりの地でもあります。

【七社神社】
 当神社は往昔の御創建ながら、寛成五年(1793年)の火災により古文書、古記録等を焼失したため詳らかではありません。 しかし、翌年9月秋分の日に御社殿は再建され、故にこの日を当社の大祭日と定め、現在も賑やかなお祭りが執り行われています。当時は仏宝山無量寺の境内に祀られ、「江戸名所図会」には無量寺の高台(現•古河庭園内)に「七社(ななのやしろ)」として描かれています。

 明治時代になり、元年(1868年)に神仏分離が行われ翌2年に一本杉神明宮の社地に遷座され、西ヶ原村の総鎮守として奉祀されるに至りました。
 また、「新編武蔵風土記稿」には、「西ヶ原村七所明神社、村の鎮守とす紀伊国高野山四社明神をおうつし祀り、伊勢•春日•八幡の三座を合祀す故に七所明神と号す。末社に天神•稲荷あり云々」と記されています。
 さらに、この境内から隣地にかけての一郭は「七社神社裏貝塚」として知られ、縄文土器•弥生土器•土師器(はじき)等が発見され古代人の生活の場であった事がうかがわれます。現在でも、西ヶ原•栄町の総鎮守として篤い崇敬を集めています。

 明治十二年渋沢栄一翁は西ヶ原村内に飛鳥山邸(別荘)を構え、明治三十四年には飛鳥山邸を本邸とし七社神社の氏子となりました。
 崇敬心も篤く大正九年には、渋沢栄一翁を筆頭とする諸氏の寄付により社務所が建築され、また渋沢栄一翁揮毫の社額•掛け軸を始めとした奉納品が神社に納められているなど、七社神社は渋沢栄一翁ゆかりの神社でもあります。
ー七社神社HPよりー 

七社神社の御朱印

月替り かさね御朱印 12月

七社神社の御朱印

社殿 かさね御朱印

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