しんしょういん|曹洞宗|金龍山
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楽しみ方信松院のお参りの記録一覧
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松姫様(信松尼)が私財を投じて開基した信松院を訪れました。まず目を引いたのは、その独特な建築様式です。鮮やかな青い屋根の上にもう一層の屋根が乗っている本堂は、他では見ることのできない不思議な造りで、松姫様の気品と歴史の深さを象徴しているかのようでした。
こちらの八福神は、柔和な表情の布袋尊です。お堂に安置された布袋様は、参拝者が直接そのお腹を撫でて福をいただけるよう、ケースに丸い穴が開けられていました。その温かな心遣いに触れながら、私もしっかりとお腹を撫でさせていただき、心穏やかな活力をいただきました。
拝受した御朱印は、見開きの見事な意匠です。右側には布袋尊を意味する「壽比南山」の文字が力強く躍り、左側には境内社の穴守稲荷が、可愛らしい狐様と鳥居の朱印とともに記されています。二つの社寺が地続きでつながるような、おめでたくも美しい連作の御朱印となりました。
令和八年五月六日。松姫様が守り抜いた穏やかな境内で、布袋様の福に触れ、充実した八王子巡礼の結びとなりました。

八王子市台町にある曹洞宗の寺院です。八王子七福神の布袋尊、武相卯歳観音霊場 第43番札所で、武田信玄の四女・松姫(信松尼)の開基として知られています。
松姫様は武田家滅亡の際、4歳の幼子である督姫・貞姫・香貴姫を伴い、護衛の武士に守られながら落ち延びます。
辿り着かれたのは武蔵国横山宿(八王子)恩方村で、まず金照庵という小さな庵に落ち着かれます。
後に、心源院という卜山(ぼくざん)和尚の居る曹洞宗の名刹で修業して尼僧となりました。尼僧となった松姫様は『信松尼』と改名し、大久保長安の配慮により御所水の地(現在の台町)に庵を結ばれました。これが現在の信松院です。
武田一族の菩提を弔い、遺臣の孤児達を引き取り、武田家旧臣の心の支えのような存在だったといいます。
56歳までの生涯、多くの村人から慕われ続け、得意であった絹織物技術を教え伝えたのが現在の八王子の産業の礎となったと言われます。
法事中だったため、布袋様と松姫様のお墓にはお参りできずでした。
境内には大田区羽田より勧請した『穴守稲荷神社』があります。本宮より許可を得て作成されたという穴守稲荷の御朱印帳を拝受しました🦊

八王子 七福神。(女神二尊、男神六尊)
八王子の八の字にちなんだ八福神めぐり。
家族円満の神 布袋尊さまがいらっしゃいます。
にこやかな布袋さまに松姫様が眠っていらっしゃるお寺です。
御朱印の布袋尊の『尊』は布袋様のお腹を表現しているのですか?と聞いたところ『そうです♪』とのこと(*^^*)
印にちなんで文字が表現されていると楽しさがあり、こういった御朱印をいただくと嬉しさが倍増してしまう自分がおります。また、住職とお話しできたことも嬉しかった♪
他にも松姫様の御朱印があったりしますが、実はまだ本尊の御朱印をいただいておらず、今回やっといただくことができました。
ちなみにカフェ 金照庵はまだ入ったことがない為、いつか立ち寄ってみたいと思います。

八王子七福神めぐり④
曹洞宗金龍山信松院
御本尊は聖観世音菩薩
七福神では家庭円満の神様・布袋さまのお寺さんです。
境内も御本堂もどこか風格あるお寺さん。
ご由緒書きを読んだら、なんと!かの武田信玄の四女・松姫様がご開基とな😳しかも眠っているお墓もある。
知らなかった知らなかった!
ワタクシの母方は武田勝頼公(松姫の兄貴だね)が天目山で自刃した際、最期まで戦ってハナバナしく討死した家臣の子孫なので、松姫様は遠けれど御縁がありまする。(本家のジサマから家系図を見せられたことがあるのでホントの話)
七福神参りに気を取られ、ご由緒書きを読んだのが帰り際だったため、時間が取れず…
日を改めて必ず再訪しよう🙏







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