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妙法衛護稲荷神社の創建、由来などは不明であるが、近隣に住む関係者の話では、元々はある家の屋敷神であったと伝えられている。その家は近隣から「殿さま」と呼ばれて、大変広い敷地を所有していたようだが、いつの間にか他地に移っていったという。その後、稲荷神の祠だけが現在地に残されたままとなってしまったことを案じた近隣の有志たちが、存続の方法を探りながらも当社をこれまで守ってきた。
社殿は震災・戦災の被害を受けなかったということから、少なくとも明治後期から大正期には、現在のような社殿を構えて近隣の人々からも信仰されていたと考えられている。戦前には、初午には縁日が出て、お隣子の屋台などが組まれるなど賑やかな祭であったが、戦後は居住者も減少して以前の賑わいはなくなっていった。
現在は維持会を組織して、会員が中心となって当社の維持管理にあたっているが、近隣居住者や通勤者などの参拝も多く、商売繁盛・家内安全。交通安全などが祈願される。初午祭には、三崎稲荷神社から神職を招き、神事が行なわれている。(「千代田の稲荷」より)

神保町三丁目、ビルに囲まれた細い路地沿いにご鎮座されています。道路から少し奥まっているので、靖国通り側から路地に入ると気づかずに素通りしてしまいそうです。
千代田区観光協会の情報によりますと、
創建年代等は不詳ですが、もともとは丹波国園部藩小出家の屋敷神として祀られていたそうで、明治維新の折にいつの間にか他に移り、お稲荷様だけ取り残され、近隣の住民たちでお守りしてきたそうです。
社殿は震災・戦災の被害を受けなかったことから、明治後期から大正期のものと考えられています。初午祭には、水道橋の三崎稲荷神社の神職を招き神事が行われています。
ご祭神に関しては記載がありませんでしたが、「妙法衛護」という社号から神仏習合を連想させます。
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かつては大名家の屋敷があった場所にお祀りされるお稲荷さまです。

かつてこの場所には、丹波園部藩主小出家の江戸屋敷があったそうで、屋敷神としてお祀りされていたと考えられています。

明治以降、この場所に住んだ方が、小出家の子孫かは不明ですが、明治以降、転居するまで、近所の方に殿様と呼ばれていたそうです。
境内・文化財
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妙法衛護稲荷神社の情報
| 住所 | 東京都千代田区神田神保町3丁目29 |
|---|---|
| 行き方 | 地下鉄半蔵門線、三田線、新宿線神保町駅下車、A1出口から徒歩およそ3分 |
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