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とみがおかはちまんぐう

富賀岡八幡宮のお参りの記録(1回目)
東京都南砂町駅

投稿日:2026年02月17日(火) 01時14分56秒
参拝:2026年2月吉日
富賀岡八幡宮は、奈良末期の創建とされ、産土鎮守神として信仰されています。
江戸中後期には江戸の郊外の名所として有名となり、特に桜並木の参詣道は歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれています。 境内の富士塚は「砂町の富士塚」といわれ、江東区の有形民俗文化財です。(江東区観光協会)

江東区の神社というと、富岡八幡宮のイメージが強い。
だが、創建年代を観ると、江戸時代に入ってからだ。
太田道灌は八幡宮を崇敬しており、この辺りの神社をも大事にしていたとあるが、こちらの方だったのではないかと思う。
表の看板にもしっかりと太田道灌の名が書かれている。

参拝客で溢れかえっており、賽銭箱までの待ち時間がある深川八幡宮。(富岡八幡宮)
こちらは御朱印も年に数回。参拝客も殆どいない。静かな場所であった。

ここに咲くのは越前水仙だ。
この南砂の地を開拓した砂村新左衛門が福井県の出身であった為、福井県の人が奉納したのだという。
富岡八幡宮(深川八幡)の旧地に新左衛門が勧請した八幡(現在の富賀岡八幡宮)の辺りは江戸時代に「元はちまん」と呼ばれる景勝地で、初期開発時にはこの辺り東西に塩除堤(土手)が築かれた。その外の洲にも杭が打たれて砂村新田の範囲であるとされていたが、土手の外は実質的には海水が入ってくる未開地であった。その後(元禄年間)には土手の南側に官製の土手が築かれ、平井新田などの再開発が進んだ。

人がいない静かな神社ではあったが歴史的に深い場所であった。


水仙咲く 江戸の願い 豊作か 
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)
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富賀岡八幡宮(東京都)
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富賀岡八幡宮(東京都)
富賀岡八幡宮(東京都)

すてき

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