すみよしじんじゃ
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住吉神社ではいただけません
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住吉神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年12月20日(火)
参拝:2022年12月吉日
師走の東京⑦『住吉神社』江戸湊の入口✴佃島にて下町の風情を感じながら参拝♪
大阪と東京 ~ 二つの佃の歴史と繋がり ~ 家康公の関東下降の際に摂津国佃の漁夫の皆さんと住吉の社の神職平岡権大夫好次様が分神霊を奉載し江戸へ ~ 伺いたかった場所です (*´μ`*)
朝イチ、掃き清めの最中で忙しいそうな境内。出勤に犬の散歩、ウォーキングの方々がいつもの参拝をして通り抜けて行きます。邪魔にならない場所だけパチリとしながら、ゆっくりお参り。
佃住吉神社の起源 ~ 摂津国佃から来た方々が、寛永年間に幕府より鐵砲洲向かいの干潟を賜り築島。そして故郷の名をとり佃島としてこの地に社地を定め、正保3年に住吉三神・神功皇后・徳川家康の御神霊を奉遷祭祀。~ 北海道の開拓と同じ、人々の故郷への思いを強く感じる参拝でした╭( ・ㅂ・)و ̑̑
大阪佃の住吉の社(現 田蓑神社)✨いつか伺いたい!!
大阪と東京 ~ 二つの佃の歴史と繋がり ~ 家康公の関東下降の際に摂津国佃の漁夫の皆さんと住吉の社の神職平岡権大夫好次様が分神霊を奉載し江戸へ ~ 伺いたかった場所です (*´μ`*)
朝イチ、掃き清めの最中で忙しいそうな境内。出勤に犬の散歩、ウォーキングの方々がいつもの参拝をして通り抜けて行きます。邪魔にならない場所だけパチリとしながら、ゆっくりお参り。
佃住吉神社の起源 ~ 摂津国佃から来た方々が、寛永年間に幕府より鐵砲洲向かいの干潟を賜り築島。そして故郷の名をとり佃島としてこの地に社地を定め、正保3年に住吉三神・神功皇后・徳川家康の御神霊を奉遷祭祀。~ 北海道の開拓と同じ、人々の故郷への思いを強く感じる参拝でした╭( ・ㅂ・)و ̑̑
大阪佃の住吉の社(現 田蓑神社)✨いつか伺いたい!!
朝八時から社務所は対応してくださいま😄
『住吉神社』は直書きいただけますが、御朱印帳の都合で書置き拝領。『龍神社』は素敵な書置きのみ。
『住吉神社』は直書きいただけますが、御朱印帳の都合で書置き拝領。『龍神社』は素敵な書置きのみ。
二日目の朝、佃大橋を渡り参拝へ!
遠くには勝鬨橋も見えます😄夜はとても綺麗✨
江戸湊の入口に位置する佃島 ~ 住吉神社は、海運業や各問屋組合をはじめ多くの人々が海上安全・渡航安全の守護神として信仰🙏 月島、勝どき、豊海、晴海と埋め立てが行なわれた後は、その地域の産土神(氏神)として信仰されているそう🍀
遠くには勝鬨橋も見えます😄夜はとても綺麗✨
江戸湊の入口に位置する佃島 ~ 住吉神社は、海運業や各問屋組合をはじめ多くの人々が海上安全・渡航安全の守護神として信仰🙏 月島、勝どき、豊海、晴海と埋め立てが行なわれた後は、その地域の産土神(氏神)として信仰されているそう🍀
『扁額』
明治15年に陶器問屋から奉納された珍しい陶器でできた扁額✨
題字は有栖川宮幟仁(たかひと)親王の筆。
明治15年に陶器問屋から奉納された珍しい陶器でできた扁額✨
題字は有栖川宮幟仁(たかひと)親王の筆。
『御社殿』
大阪田蓑島の人々と徳川家康公の深い関わりがあったから、大阪佃の住吉の社(現 田蓑神社)がこちらに地に縁結びされたのですね😊
大阪田蓑島の人々と徳川家康公の深い関わりがあったから、大阪佃の住吉の社(現 田蓑神社)がこちらに地に縁結びされたのですね😊
『主祭神(住吉三神)』
底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命
『相殿神』東照御親命(徳川家康)
息長足姫命(神功皇后)、仲哀天皇(第十四代天皇)
底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命
『相殿神』東照御親命(徳川家康)
息長足姫命(神功皇后)、仲哀天皇(第十四代天皇)
『水盤舎』
明治2年建造。四周の欄間には佃島周辺を描いた浮彫が配されています。水盤は天保12年(1841)に木綿問屋の「白子組」が奉納。
明治2年建造。四周の欄間には佃島周辺を描いた浮彫が配されています。水盤は天保12年(1841)に木綿問屋の「白子組」が奉納。
『龍神社』
『入船稲荷神社』
『船魂神社』
朝から皆さんお参りして行かれます🙏
奥に見えているのは、朱くて綺麗な一ノ鳥居😊
奥に見えているのは、朱くて綺麗な一ノ鳥居😊
すてき
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ぱん吉🍀1079投稿
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