だいえんじ|天台宗|松林山
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楽しみ方大圓寺のお参りの記録一覧
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23.11.15。各線「目黒駅」西口より徒歩4分。目黒区下目黒の行人坂沿いにある天台宗の寺院。
通称《大黒寺》
山号 松林山
開創 元和元年(1615年)
開基 大海法印
本尊 生身釈迦如来
札所等 元祖山手七福神•大黒天
【縁起】
湯殿山の大海法印が行人坂を切り開き、大日金輪を祀って祈願の道場を開いたのがその始まりと伝えられている。本寺には”生身釈迦如来”と言われる木造「清涼式釈迦如来像」、木造「十一観音立像」、徳川家の繁栄と江戸の発展守護のための「三面大黒天像」などが安置されています。
明和9年2月(1772)、本堂から出火、江戸六百余町を焼き、多くの死者を出しましたが、その供養のために造られた釈迦三尊、五百羅漢像等の「大円寺石仏群」が建てらています。また阿弥陀堂には木造「阿弥陀如来三尊像」や八百屋お七の火事にまつわる西運上人(吉三)の木像、お七地蔵などが祀られています。
本日はこちらをスタートに山手七福神巡りを中心に目黒区、港区、品川区を巡拝します。当寺は4箇所目となりました。コンパクトな境内ながら見所も多く、又、文化財も多い魅力的なお寺さんでした。
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五十稲荷神社様→白金氷川神社様へ行き目黒に移動。雅叙園にある百段階段の企画展に行く前にお隣にある大圓寺(大円寺)様へ初めて行きました😊
【大圓寺】
目黒駅西口を下りると急な坂行人坂があり、坂の途中に大円寺がある。この坂は江戸市中から目黒不動尊への参詣路であった。行人坂の名は、大円寺を拠点にする修験道の行者が、この坂道を往来したことによる。寺伝では、寛永元年(1624年)出羽湯殿山の修験僧大海法印が大日如来を本尊として道場を開いたのが始まりという。
明和9年(1772年)寺より火を発し、江戸市中628町に延焼した。振袖火事、車町火事と並ぶ江戸三大火事の一つになり、行人坂火事として安永元年と年号も改められた 幕末になって薩摩藩島津氏の菩提寺として再興された。門を入った左手にある五百羅漢の石像(都有形)は、この大火の犠牲者供養のために当時につくられたものと伝える。
境内左側釈迦堂の本尊釈迦如来立像(国重文)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、胎内に五臓六腑がおさめられている。正面本堂には、江戸城裏鬼門にあたる為徳川家康をモデルに大黒天を祭る。山手七福神の一つで、今日でも参詣者を集めている。
阿弥陀堂には弥陀三尊が祭られお七地蔵の木彫もある。
墓地に西運の墓がある。西運は江戸初期、隣の明王院(現在の雅叙園の位置)に住し、行人坂の修築などを行った。門前にその時の行人坂敷石造道供養碑がある。西運は八百屋お七の恋人吉三の出家後の名である。
また境内に江戸時代の庚申塔が3基あり、会津八一の歌碑も残されている。
行人坂を下ると目黒川にかかる橋がある。雁歯橋とも太鼓橋とも呼ばれ、今は後者が橋の名になっている。その当時使用された石材は寺の境内に置かれている。太鼓橋の往時の景観は、広重の錦絵『名所江戸百景•目黒太鼓橋より夕日の岡』に残されている。明王院、大円寺一帯は夕日の岡といわれ、紅葉•桜の名所でもあった。
釈迦三尊像、五百羅漢像などから成る520体ほどの石仏像は、昭和45年、都有形文化財に指定されている。
ー天台宗東京教区HPよりー
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レジェンダーズのお詣りを完遂することはできませんでしたが
こちらが今日のゴールとなりました。
整えられた境内に桜が美しく、目黒にお花見に来て
本当によかったと感じました。
社務所に着いたのが5時を少し過ぎていましたが、お花見で
たくさんの方がお詣りにいらしていたからでしょうか、
中に人がいらっしゃったので、お願いして書き入れて頂きました。
気持ちよく対応して下さって、ありがとうございました。
住職さまでしょうか、書き入れていただきながら
とろけ地蔵のお話をしてくださいました。
レジェンダーズのゆるキャラ、とろけ地蔵ちゃんはゆるかわいいのですが、
実物のお地蔵様は苦難を乗り越えて奉られたのがわかります。
クリアファイルがかわいくてとても気に入りました。
大切にします。

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