はつねもりじんじゃ
初音森神社のお参りの記録一覧
東京都墨田区にある初音森神社は、元弘2年(1332年)に創建されたと伝えられています。この神社の由来は、藤原大納言師賢公が東国に配流された際に、初音の森に参篭し、そこに稲荷大明神を勧請したことに始まります。この際、白峯宮と共に奉斎され、地域の信仰の中心として発展しました。
●伝説と御利益
初音森には、多くの信仰の物語があります。例えば、源兵衛の幼児が重傷で命の危機に瀕した際、母親が初音森の神祠に7日間の願をかけました。満願の夜、夢の中で一人の女性が現れ、病児に乳を与える姿を見た母が目を覚ますと、なんと病児は元気になっていました。この逸話は地域の人々に広まり、初音森は氏神として信仰されるようになりました。
●歴史の中での変遷
初音森は「江戸七森」の一つとして知られ、文明3年(1471年)には大田道灌公の寄進によって社殿が建立され、田部氏が神主を務めました。しかし、江戸時代に入り、徳川幕府の施策や明暦3年(1657年)の大火などによって境内地は縮小され、最終的には万治2年(1659年)に現在の墨田区千歳に遷宮されました。この際、神輿引きが舟で行われたというエピソードも残されています。
●現代における信仰
明治時代以降も神社の営繕や例祭は続けられ、昭和25年(1950年)には300年ぶりに現在の東日本橋2丁目に御遷座されました。現在、初音森神社は日本一の繊維問屋街に鎮座し、商売繁盛の神として地域の産土神として広く信仰を集めています。
●摂社と地域とのつながり
初音森神社には摂社として初音森神社儀式殿があります。江戸時代初期に移転して以来、氏子地域との距離が生じていましたが、1948年(昭和23年)には旧所在地に摂社が建立されました。
先に参拝した初音森神社の本社です。明暦三年(1657)、明暦の大火により現在地に遷座。初音とは鶯のことで、浅草橋の現在の儀式殿が建つ地は、当時鶯が多くいた地であったという。当時は両国橋は架かっておらず船での往来であった。氏子地域は変わらないため相当不便を強いられていたようです。明治になり旧鎮座位置に飛地摂社を置き、更に戦後儀式殿となった為、不便は解消された。こちらは本社ですが無人で、社務一切は儀式殿で執り行われています。現在は江島杉山神社の兼務社です。
社号碑
鳥居
田部廼庵稲丸歌碑「ここに来て聞くそ嬉しき葛飾の初音の森の鶯の声」
安政六年(1859)奉納の大幟立石
手水舎
鳥居
文政年間の狛犬という内容をネットで見ましたが、・・・
対にはなっておらず阿型のみです
文化九年(1812)と読めます
拝殿 宝録稲荷神社も合祀
灯籠
富福稲荷神社
忠魂碑
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