曹洞宗
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楽しみ方永久寺のお参りの記録一覧

【遠征参拝】
三ヶ所目は真正寺から三ノ輪駅まで歩いて、台東区コミュニティバス「めぐりん」を鶯谷駅で乗り継いで、谷中霊園エリアにある永久寺を参拝しました。
バス停のすぐ近くに山門があり、本堂も間近で、寺務所までの空間も狭く、これだけ境内が狭いお寺は初めてですが、本堂を参拝した後に改めて境内を拝観すると、実に奥深さを感じる、何とも不思議な雰囲気があります。
寺務所で御朱印の対応を確認すると、御朱印の対応が可能という事で、直書きの御朱印を拝受しました。

道路の反対側から境内全体を俯瞰

本堂の扁額

山門から本堂の境内は狭いが奥が深いと感じる

寺務所から本堂の境内も狭いが奥が深いと感じる

谷中の三崎坂上に位置する曹洞宗の寺院、興福山永久寺は、静かな佇まいの中に深い歴史を秘めています。この寺院は、江戸時代初期の慶安3年(1650年)に、谷中玉林寺の中興開山である風室興春和尚によって隠居寺として創建されました。興春和尚は、江戸の地で修行を重ね、最終的にこの地に根を下ろしました。
●寺院の由来と縁起
永久寺は「下谷區史」によると、本尊は虚空蔵菩薩で、元和5年(1619年)に創立されたとされています。開山の興春和尚は、当初この地に隠居のための庵を設けたと伝えられています。また、興春和尚の後を継いだ中興開山の鳴禅和尚も安永5年(1776年)に遷化しております。
●狭い境内とその意義
境内は比較的狭く、山門から本堂までの距離はわずか数メートルですが、その中に豊かな歴史が詰まっています。本堂の前には、幕末・明治時代の戯作者であり新聞記者である仮名垣魯文の墓があり、彼の功績を称えるために多くの人々が訪れています。魯文は明治11年(1878年)に「珍猫百覧会」を開催し、その収益でこの墓を建立したとされています。
●猫と文化の交差点
永久寺には、魯文の墓の近くに猫塔祈念碑があり、山猫めをと塚も存在します。猫塔には山猫の石像が納められております。








JR日暮里駅より徒歩8分。曹洞宗寺院。ご本尊は航空蔵菩薩です。
この近くの玉林寺の中興開山の風室興春が隠居した寺院として創建されました。
境内には、明治時代の戯作家で新聞記者の仮名垣魯文の墓があります。



猫が彫られていますが、仮名垣魯文が猫が好きだったことから「猫塚」があります。

庫裡の前に掲げられていました。
古い霊場の札所だったのでしょうか?詳細は分かりませんでした。


本堂です。
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