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2022年05月04日(水) 14時58分 bykeokeo˚✧₊⁎

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ほうぞういん
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ご由緒
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慶長3年、江戸の地に徳川幕府が開かれましたが、それに伴い江戸城の建設、市街地の拡張のため大工事が行われました。
法蔵院は、その工事により新たに造成された神田寺町に寺領を賜り、浅草の東光院末寺として、慶賢法印により開創されました。慶長16年(1611年)のことです。
その後、江戸の町は徳川幕府の中心地として発展を続け、人口も増加したため、神田寺町の寺院は他所に移されることになり、慶安元年(1648年)當山は谷中の現在地に移転しました。
同時期に、當山のほかにも多数の寺院が谷中に移転、また明暦の大火により焼け出された寺が谷中に集まり、今のような寺町が形成されました。現在、谷中の寺院の数は70ケ寺以上にのぼります。
當山の記録、書類などは戊辰戦争のおりに焼失してしまい、その歴史はつまびらかではありません。戊辰戦争では彰義隊が上野の山に籠り、そのため寛永寺の堂宇が灰盡にきしてしまいますが、上野の山に近い谷中の地においても、はげしい戦いが繰りひろげられました。このため谷中の寺々も大きな被害を受けました。
當山も、この戊辰戦争で被害を受け、またその後の廃仏毀釈の影響もあり、すっかり荒廃してしまいますが、明治中頃、忍道和尚により伽藍が復興されました。その後、幸いにも関東大震災、戦災の被害を免れ、堯貫、信雄和尚の代に本堂客殿の大修理、境内の整備が行われ、現在の寺観が整えられることとなりました。
(天台宗HPより)
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