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楽しみ方上野大佛のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月11日(水) 11時53分42秒
参拝:2026年1月吉日
この日、上野の国立科学博物館で企画展を観た後の午後にお参りしました。何度か参拝していたのですが、御朱印を頂く目的もあったので。
かつて上野の山にあった象高約6メートルの大仏様(釈迦如来坐像)。たびたび罹災しているが、仏殿も大仏様もその都度復興されてきた。しかし、1875年(明治8年)上野恩賜公園の整備に際して仏殿は撤去される。
露座となった大仏は、1923年(大正12年)の関東大震災で頭部が落下。その後胴部は解体撤去され、頭部とともに寛永寺が保管していたが、結局再建されることはなく、太平洋戦争中に顔面を除く頭部と胴部が供出されてしまう。
1972年(昭和47年)、寛永寺に保管されていた顔面部がレリーフとして安置された。胴体を失った顔面は「これ以上落ちない」ということから「合格大仏」と呼ばれ、合格祈願に訪れる受験生が絶えない。
大仏パゴダ(仏塔)の御本尊(薬師三尊象)にお参りしたあと、大仏様のお顔にも手を合わせました。優しそうなお顔ですが、幾度の厄災を経てこのお姿になったと思うと、一層有り難く思われます。境内に合格祈願の絵馬が数多くびっしり掲げられているのを見て、受験生の真摯な思いが伝わって来ました。今年もそんな時期になったのかと。受験生の皆さん、是非頑張ってください。
肝心の御朱印ですが、授与所で「御朱印は土曜日だけなので」と言われてしまいました。(この日は日曜日)。授与所に詰める人がいないそうです。「また土曜日に来ます」と答えて境内を後にしましたが、どの世界も人手不足で大変だなと思ってしまいました。
かつて上野の山にあった象高約6メートルの大仏様(釈迦如来坐像)。たびたび罹災しているが、仏殿も大仏様もその都度復興されてきた。しかし、1875年(明治8年)上野恩賜公園の整備に際して仏殿は撤去される。
露座となった大仏は、1923年(大正12年)の関東大震災で頭部が落下。その後胴部は解体撤去され、頭部とともに寛永寺が保管していたが、結局再建されることはなく、太平洋戦争中に顔面を除く頭部と胴部が供出されてしまう。
1972年(昭和47年)、寛永寺に保管されていた顔面部がレリーフとして安置された。胴体を失った顔面は「これ以上落ちない」ということから「合格大仏」と呼ばれ、合格祈願に訪れる受験生が絶えない。
大仏パゴダ(仏塔)の御本尊(薬師三尊象)にお参りしたあと、大仏様のお顔にも手を合わせました。優しそうなお顔ですが、幾度の厄災を経てこのお姿になったと思うと、一層有り難く思われます。境内に合格祈願の絵馬が数多くびっしり掲げられているのを見て、受験生の真摯な思いが伝わって来ました。今年もそんな時期になったのかと。受験生の皆さん、是非頑張ってください。
肝心の御朱印ですが、授与所で「御朱印は土曜日だけなので」と言われてしまいました。(この日は日曜日)。授与所に詰める人がいないそうです。「また土曜日に来ます」と答えて境内を後にしましたが、どの世界も人手不足で大変だなと思ってしまいました。
すてき
投稿者のプロフィール

くろぶつ115投稿
千葉県在住、男性。 若い頃から歴史好きで、旅先や近場のお出掛けの際にはその土地の神社仏閣にお参りするのが楽しみでした。その他では古城や城下町・武家屋敷巡りなど。 しかし、名城巡りのスタンプ帳や...もっと読む
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