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花園稲荷神社のお参りの記録一覧
東京都 京成上野駅

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ま~ちゃん
ま~ちゃん
2025年09月03日(水)276投稿

五條天神社の隣、先に参拝。
表参道途中の穴稲荷の空気感が凄い。神聖かつゾクゾク。

神社メモHPより一部引用
(ココには載せませんが、歴史考察など記事全体面白かったです)
https://jinjamemo.com/archives/hanazonoinarijinja.html

御由緒

御創始の年月は不詳です。古くから此の地に鎮座し、「忍岡稲荷」が正しい名称ですが、石窟の上にあった事から俗称「穴稲荷」とも云われていました。
 承応三(1654)年、天海大僧正の弟子、本覚院の住僧晃海僧正が霊夢に感じ廃絶していたお社を再建し上野の山の守護の神としました。
幕末、彰義隊の戦いでは最後の激戦地(穴稲荷門の戦)として知られています。
 後、明治六年に岩堀数馬、伊藤伊兵衛等の篤志家によって再興され、「花園稲荷」と改名、五條天神社が現地に御遷座になるに及び、社殿も南面して造営され神苑も一新されました。(旧社殿は俗称お穴様の処です)
 お穴様の左奥にありますお社は、古書に弥左衛門狐と記され、寛永寺が出来る時に忍岡の狐が棲む処が無くなるのを憐れみ、一洞を造り社を祀ったと云われます。
社地はお穴様を中心にし約二千坪(今の精養軒や韻松亭を含む6600㎡ありましたが、明治の上地の為、現在は五條天神社と併せて約一千坪になりました。)
 白羽の矢ー縁談・商談・就職等の願かけにいただく神札で古くから行われている神事です。往古、池之端に掛茶屋が何軒も並び白羽の矢を売って大繁昌していたと云う記録があります。(頒布の資料より)

花園稲荷神社(東京都)

表参道の鳥居

花園稲荷神社(東京都)

穴稲荷
中に入るとゾクゾク

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くろぶつ
くろぶつ
2025年03月27日(木)129投稿

上野で昼食を取った後、お腹ごなしも兼ねて上野公園内を散策。前から気になっていた花園稲荷神社にお参りしました。

鎮座の年月日や由緒は不明ですが、古くからこの地に鎮座し、「忍岡神社(しのぶがおかいなり)が正式名称です。また石窟の上にあったので、「穴稲荷」とも言われていました(俗称お穴様)。
承応3年(1654年)、天海僧正の弟子、本覚院住僧の晃海僧正が廃絶していたお社を再建して上野の山の守護神としました。幕末、彰義隊の戦いでは旧幕臣側が立て籠もり、最後の激戦地(穴稲荷門の戦い)として知られています。明治6年に「花園稲荷」として再興され、五條天神社が隣りにご遷座するに伴い、社殿も南面して造営され、神苑も一新されました。
御祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと)。
商売繁盛・病気平癒・健康祈願・芸能・金運上昇のご利益があるといわれています。
当神社は今では縁結びにご利益ありとされていますが、ここでは恋愛だけでなく、広く人間関係全般の縁や仕事、お金などの縁も含まれているとの事です。

大鳥居をくぐり、赤い鳥居の列の前で参拝客のグループが、代わる代わる記念撮影。お稲荷さんは、特に海外からの観光客の方に人気がありますね。社殿に向かって右側、お参りを済ませた参拝客が「お穴様」の石窟の入り口をしげしげと見つめ、興味津々の様子。中に入ると小さなお稲荷さんが現れます。左奥にあるお社は寛永寺が出来る時に忍岡の狐が棲む場所が無くなるのを哀れみ、一洞を造り祀られたそうです。なかなかパワースポットらしい雰囲気でした。

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